2003年2月19日 韓国大邱(テグ)市で発生した地下鉄火災について(速報)日本建築学会 2003年2月18日午前9時55分頃、韓国大邱市都心の中央路駅構内で発生した電車火災は、同日午後の市当局発表によれば他系統の電車にも延焼して、死者・不明約120人と鉄道火災としては、国際的にも史上、希にみる惨事となった。出火原因については、シンナー又はガソリンを車両床面に撒いたうえでの放火と発表されているが、火災規模は、出火原因の特異性のみで説明し切れるものではなく、しかも、被災したのは世界中の大都市に普通に見られる公共交通機関であるため、その再発を防ぐためには、今後、火災拡大や犠牲者の発生した要因を解明していく必要がある。 本火災の被害等の詳細については、今後の調査が待たれるが、本火災の特異性としては次のような点をあげることができよう。
日本でも同様な火災が起こり得るかどうかは、本火災の調査分析に基づいて冷静に検討すべきであるが、日本では、これまで、電車・地下駅について、以下のような防火規制が行われてきた。 電車の車両については、1968年の営団地下鉄日比谷線車両火災、1972年の旧国鉄北陸トンネル火災を契機として、内外装・床上敷物・座席等に使用する材料や機器の防火性能を規定する普通鉄道構造規則が導入され、電車の防火性能規制として長く使われてきた。本規制導入後も1987年近鉄東大阪線生駒トンネル火災のように死者の出た車両火災はあるが、いずれもケーブルや故意に放置されたと思われる物の燃焼によるものであり、車両本来の積載物・材料の燃焼が原因で死者を出したと考えられる事例は発生していない。 地下駅については、鉄道営業法の技術基準省令により、1975年以降、施設の構造・内装の不燃化、排煙設備の設置等が要求されている。それ以降に発生した顕著な地下駅舎火災としては、1983年の名古屋市地下鉄東山線栄駅変電施設火災で消防活動中の消防士2人が殉職した事例がある。本地下鉄は省令通達前に開業しているため、当時、省令を満足していたかどうかは明らかでないが、本火災でも、出火当時、駅構内にいた約500人の利用客は無事、避難できている。 北陸トンネル火災を契機とする諸規制導入以後、日本で、電車車両、駅舎の構造を原因とする死亡火災を生じていないという事実は、これらの規制が、鉄道車両火災予防上、効果をあげてきたことを示すものではあるが、いずれも、過失・故障等による出火を想定したものであり、放火・テロ等は想定されていないこと、また、地下空間・車両内部のような条件は燃焼拡大・煙流動・避難行動に対しては一般に不利に働く傾向がありながら、それらに関する工学的理解が十分進んでいるわけではなく、既往の規制は、主としてこの事情から、出火防止・初期火災対策に頼った内容になっていること等を考慮すると、今回のような出火や火災がある程度大規模化した場合に対しても従来の防災対策が有効かどうかは、再考の必要があろう。 今回の火災で被害が拡大した要因の解明や同様の火災の再発予防に対して、検討に値すると思われる技術的課題としては以下のようなものがあげられよう。
日本の車両規制による材料防火性能試験法は、過失や漏電等による出火を想定しているため、小規模なアルコール火炎を口火としており、放火・テロ等によって最初から大きな火炎が形成され、内装等が広範囲に加熱される場合の燃焼性状を適切に評価できるかどうかは明らかでない。 走行中の車両火災や停車中でも今回の事例のように扉が開放できない場合のように、避難に著しい困難がある条件での被害を軽減するには、車両内で被害が及ぶ範囲を局限化できる仕組みが必要である。この方策は、従来は、内装・座席等の燃焼性制御に依存してきたが、それでは確実な効果が期待できない場合、車両間の延焼・煙拡大防止等の対策も必要であろう。 電車車両、地下駅のような閉鎖的で方向性を認識しにくい条件での不特定多数の群集の避難行動については、ほとんど研究例がない。避難誘導の方法とともに研究の必要は大きい。 地下駅のホーム等には機械排煙が設置される場合が多いが、機械排煙は本来、給気口以外は気密な空間に適した排煙方式である。トンネルとの接続、改札口外部のコンコースの開放性、特に駅が地下深い場合の階段・エスカレーターのような斜路の煙制御上の位置づけの不明確性など、建築防災に使われる排煙のままでは適切に機能し難いと考えられる要因は少なくない。このような空間での煙流動性状の解明とともに煙制御手法の検討を行う意義は大きい。 なお、今回の火災と比較し得る過去の火災事例としては下記のようなものがあげられる。
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