2003年2月21日 韓国大邱(テグ)市で発生した地下鉄火災について(第2報)日本建築学会 1. はじめに 2003年2月18日午前9時53分、韓国大邱市都心の中央路駅構内で発生した電車火災は、隣のホームに進入してきた列車にも延焼して、死者133人(20日大邱市警察発表)と、鉄道火災としては、国際的にも史上、希にみる惨事となった。揮発性燃料を車両床面に撒いたうえでの放火による出火であるが、火災規模は、出火原因の特異性のみで説明し切れるものではなく、しかも、被災したのは世界中の大都市に普通に見られる公共交通機関であるため、その再発を防ぐためには、今後、火災拡大や犠牲者の発生した要因を解明していく必要がある。 本火災の被害等の詳細については、今後の調査が待たれるが、本火災の特異性として、次のような点をあげることができよう。
2. 推定される火災の経過 目撃者の証言と公表された当時の交信記録の分析にあたった韓国の火災研究者によると、火災の拡大の経過は、最初、放火された車両内で燃焼拡大し、同じ列車の他の車両やホームにも多量の煙が流れ込んだ。更に出火から約2.5分後、出火車両がほぼ火災盛期に達した段階で隣のホームに進入してきた列車の車両内にまず煙が侵入・充満して、車両内部ではほぼ見通しがきかなくなった後、出火列車の複数の窓から噴出した火炎により延焼し、出火車両正面の車両もごく短時間で炎上したものと見られる。全犠牲者の過半数が後で駅に進入した列車で発生しているが、全車両の扉が閉鎖され、一部の扉は駅乗務員が手動開放したが、ほとんどの扉は開放されなかったため、避難できなかったことが原因と推測される。隣接列車での死因が最初に侵入した煙による中毒かその後の延焼による焼死かは未解明。また、現場に居合わせた乗客によると、隣接列車で炎上が始まるまで、避難誘導のための車内放送はされなかったと証言されている。車両の天井は強化プラスチック製で(金属に突き板としたものか無垢板かは不明)、出火車両や隣接列車の急激な燃焼拡大は、この天井への着火を契機として引き起こされた可能性が高い。
3. 過去のトンネル内鉄道火災の例 今回の火災と比較し得る過去の火災事例としては下記のようなものがあげられる。焼損規模が大きいにも関わらず、死傷者数の少ない事例等は、今回のようなケースにおける危機管理に示唆を与えるところが大きいと思われる。
4. 日本の地下鉄道の防火安全性の現状からみた本火災の重要性 日本でも同様な火災が起こり得るかどうかは、本火災の調査分析や日韓の鉄道関係防火規制の比較に基づいて冷静に検討すべきであるが、本火災とその被害の拡大の程度には、鉄道関係者や防災専門家の一般的な想像を超えるものがありながら、世界の地下鉄道や電車車両に一般的に見られる特徴や傾向と無関係ではないと見られる点も多いため、本火災を契機として、地下鉄道の防火安全性を見直す必要は大きい。 日本では、これまで、電車・地下駅について、以下のような防火規制が行われてきた。電車の車両については、1968年の営団地下鉄日比谷線車両火災、1972年の旧国鉄北陸トンネル火災を契機として、内外装・床上敷物・座席等に使用する材料や機器の防火性能を規定する普通鉄道構造規則が導入され、電車の防火性能規制として長く使われてきた。本規制導入後も1987年近鉄東大阪線生駒トンネル火災のように死者の出た車両火災はあるが、いずれもケーブルや故意に放置されたと思われる物の燃焼によるものであり、車両本来の積載物・材料の燃焼が原因で死者を出したと考えられる事例は発生していない。 地下駅については、鉄道営業法の技術基準省令により、1975年以降、施設の構造・内装の不燃化、排煙設備の設置等が要求されている。それ以降に発生した顕著な地下駅舎火災としては、1983年の名古屋市地下鉄東山線栄駅変電施設火災で消防活動中の消防士2人が殉職した事例がある。本地下鉄は省令通達前に開業しているため、当時、省令を満足していたかどうかは明らかでないが、本火災でも、出火当時、駅構内にいた約500人の利用客は無事、避難できている。 北陸トンネル火災を契機とする諸規制導入以後、日本で、電車車両、駅舎の構造を原因とする死亡火災を生じていないという事実は、これらの規制が、鉄道車両火災予防上、効果をあげてきたことを示すものではある。しかし、規制導入前に建設された駅等には、規制に適合しないものも存在するうえに、
等を考慮すると、今回のような出火や火災がある程度大規模化した場合に対しても従来の防災対策が有効かどうかは、再考の必要があろう。 今回の火災で被害が拡大した要因の解明や同様の火災による被害の再発予防に関して、検討に値すると思われる技術的課題としては以下のようなものがあげられる。
鉄道車両は軽量化とともに高分子材料等を多用する傾向にあり、日本の鉄道車両でも、屋根や車体下部も含めると、プラスチック・ゴム等を主素材とする材料の量は、車両床面積1u当たり15〜30kgと、一般的な事務所・住宅等の収納可燃物量と同程度に達する。この可燃材料には、車両の本来機能上、無機材料には代替できないものもあるが、この可燃物が著しい燃焼拡大に結びつき得るかどうか、また顕著な燃焼拡大を引き起こし得るものである場合、どのような燃焼制御が有効かは研究の価値があろう。 走行中の車両火災や停車中でも今回の事例のように扉が開放できない場合のように、避難に著しい困難がある条件での被害を軽減するには、車両内で被害が及ぶ範囲を局限化できる仕組みが必要である。この方策は、従来は、内装・座席等の燃焼性制御に依存してきたが、それでは確実な効果が期待できない場合、車両間の延焼・煙拡大防止等の対策や電車の運行方法を含む危機管理方法の検討が必要であろう。また、本火災を含む過去の事例を見ると、同一トンネル内や同一駅構内にある他列車への被害拡大の防止や、他列車の救援・避難活用の可能性も研究の意義があろう。 電車車両、地下駅のような閉鎖的で方向性を認識しにくい条件での不特定多数の群集の避難行動については、ほとんど研究例がない。非常時の群集行動は実証的な研究が困難とは考えられるが、避難施設や避難誘導、排煙方式の研究開発の方向を左右する前提条件として、研究の必要は大きい。 地下駅のホーム等には機械排煙が設置される場合が多いが、機械排煙は本来、給気口以外は気密な空間に適した排煙方式である。トンネルとの接続、改札口外部のコンコースの開放性、特に駅が地下深い場合の階段・エスカレーターのような斜路の煙制御上の位置づけの不明確性など、建築防災に使われる排煙のままでは適切に機能し難いと考えられる要因は少なくない。このような空間での煙流動性状の解明とともに、地下鉄駅舎に適した煙制御の目標と手法の検討を行う意義は大きい。但し、列車2本が炎上するような条件で、その煙を有効に排煙するのは本来、容易ではない。煙制御の観点からも、燃焼規模を抑制することが重要な前提となろう。 鉄道施設に関する防災規制に適合しない古い地下鉄駅については、今後、防災施設等の整備が検討されることとなろうが、仕様的規制への適合が困難であるからこそ、今日まで適合しない状態が続いてきたという側面もあろう。一方で、地下鉄駅舎の防災対策には、上にあげたように本来、種々の困難がつきまとっていること、古い地下鉄は深度が比較的浅く、駅についても、地上への避難や消防のアクセスに時間のかからないものが多いことなども踏まえ、各施設の実状に適した機能的な避難防災システムを導入することが期待されよう。 ※本情報は、2003年2月19日に日本建築学会ホームページに掲載した速報に、その後、判明した事実と調査情報を加え、速報に対する質疑・意見に対する見解をとりまとめて、防火委員長の責任で編集したものです。 |