地震防災総合研究特別調査委員会活動報告

「地震防災に関する総合的な対策の確立に向けて」 

開 催 報 告

主催:地震防災総合研究特別調査委員会


1.日時:2003年3月19日(水)13:30〜17:00
2.場所:建築会館ホール(東京都港区芝5-26-20)
  司会:西川孝夫(東京都立大学教授) 副司会:濱田信義(濱田防災研究室)

   まとめ:井上 豊((財)日本建築総合試験所常任理事・所長)

平成15年3月19日に建築会館ホールにおいて開催された地震防災総合研究特別調査委員会
活動報告「地震防災に関する総合的な対策の確立に向けて」開催について報告する。
司会は,西川孝夫(東京都立大学)と濱田信義(濱田防災研究室)がつとめ,約60人の参加者で
あった。
まず,地震防災総合研究特別調査委員会委員長直井英雄(東京理科大学)が,主旨説明を行った。
・「1995年兵庫県南部地震の直後に地震防災総合研究特別研究委員会を設け調査研究を行ってき
た。本委員会は第V期目にあたる。3年間の設置期間のうち2年が経過したので,3つの小委員会を
構成する各小委員会から中間報告をしてもらい,会員各位から意見を頂き今後の活動に盛り込みた
い。」
主題解説として各小委員会の活動内容が報告された。
1)危険度・耐震安全性評価小委員会 主査翠川三郎(東京工業大学)
・本小委員会は,第U期に設置されていた地震情報対応策小委員会と総合耐震安全性小委員会の
成果を踏まえて設置された。現在,文部科学省に設置されている地震調査推進本部(以下,推本)
の活動により,多くの地震情報が発信されるようになってきた。特に,推本は地震動予測地図を平成
16年度までに作成することを発表している。この小委員会では,このような地震情報を積極的に取り
入れ,性能設計の考え方に基づいた設計を行う際の「施主⇔設計者」間の有効なコミュニケーション・
ツールとしての耐震メニューの提案を活動目的にしている。本小委員会では,この地震動予測地図を
踏まえた耐震設計あるいは安全な社会を作り出すために,より合理的な耐震メニューについて検討
している。その一環として,第U期に作成された「耐震メニュー2001」の見直しを行った。
・山根尚志(日建設計)が「耐震メニュー2001」およびその見直しについて,具体的に紹介した。
「耐震メニュー2001」は,建物被害段階,地震動レベル,地震発生確率という3つの概念から成り立
っているが,原提案のみでは各概念と全体の骨格との関係が把握し難かった。そこで,被害段階と
地震発生確率で構成される面を安全レベルと呼び,地震発生確率と地震動で構成される面を地震
ハザード,地震動レベルと建物被害段階で構成される面を耐震等級と呼ぶことで,3次元的に表現し
た。この平面あるいは軸に用いられている規定・定義はそれぞれ独立して設定できるものであり,
その内のいくつかを異なる考えのものに差し替えることもできる。つまり,「耐震メニュー2001」は
柔軟性を有している。逆に言えば,各平面に最新の知見を取り込むことが今後の課題である。
2)都市防災・復興方策検討小委員会 主査高見沢実(横浜国立大学)
・小委員会では,3つの基本的課題を挙げ,公開研究会を連続的に行うことで,研究成果の社会還
元・情報発信を行っている。3つの課題は,1)防災をテーマとする平時の都市計画と,復興をテーマと
する復興都市計画それぞれのシステムとしての充実と関係性の模索,2)大規模災害時の計画・制度・
プログラムが有効に機能するための課題の整理と事前準備,3)災害に備える地域住民組織・まちづく
り専門家・情報技術のあり方である。
・こうした観点から、これまで4回の公開研究会を開催した(「被災直後の被災調査のあり方をめぐって
(2002.1.25)」「震災復興初期段階の専門家による支援のあり方をめぐって(2002.6.7)」「地震被害を軽減
化するための土地利用関連施策をめぐって(2002.11.1)」「木造密集市街地の再生(2003.3.4)」)。震災の
前から事後,復興方策までの様々なフェーズで学会ができることを調査研究することが目標である。
・中林一樹(東京都立大学)は,防災まちづくりの具体的な内容を紹介した。防災まちづくりを,第一世
代とも呼ぶべき災害対応型,第2世代の空間整備型,そして第3世代の緊急対応型=耐震補強型の
3つの類型に分け,望ましいのは空間整備型であるが,地震災害の切迫性を考慮すれば成熟した
社会の減災は緊急対応型にならざるを得ないと述べた。また,予防から復興までをつなぐ防災まち
づくりとして,緊急対応型から日常生活と結びついた空間整備型に移行するのが望ましいとし,
さらに地域特性を踏まえた防災都市づくりが必要であると説いた。
3)防災改善推進方策検討小委員会 主査古瀬 敏(独立行政法人 建築研究所)
・地震が起こった際の被害をできるだけ減らす為に,予め打てる対策を考え,それを推進するための
施策について検討した活動の概要を報告した。その為に,集団としての社会コストを考えて市街地
全体としての耐震性向上をめざす手法(WG1),既存の戸建て住宅を個別に耐震補強する手法(WG2)
,被災時の直接・間接コストなどの議論を用いてよりよい建築に誘導する論理の組み立て(WG3),
の3つの手法を研究することを考え,対応するワーキンググループを設けたが,WG2は人的資源不足
から廃止した。今回は,WG1とWG3から研究内容の報告が行われた。また,耐震性向上のための
インセンティブとして,地震税の考え方を紹介した。
・飯田直彦(国土技術政策総合研究所)は,支援対策社会システムWGの活動の紹介として「対策支
援の社会システム」(以下,「支援システム」)を説明した。これまで行政は,建築主が耐震改修や建て
替えを行うときの支援システムは用意してきた。しかしながら,このような発意がないことには防災性
能の向上は望めない。「支援システム」は第三者を加えることで発意を促すものである。
・川合廣樹(ABSコンサルティングEQEジャパンリビジョン)は,「危険度安全性向上のための方策」と
題して地域の危険度評価WGの活動を紹介した。地震危険度が地域によって異なること,建物も耐震
性能も建設年代によって異なることから,地震危険度に格差が生じている。河合は憲法に謳われて
いる「生存権」の考え方に基づき,地震危険度の格差は公助として是正する必要があると述べた。
各パネラーによる報告の後、以下の討論を行った。
・「耐震メニュー2001」について,高確率で発生する地震による高いレベルの地震動をどのように扱う
か?3次元表示した場合の地震発生確率の軸は,地震動発生確率ではないか。
・確率論と確定論の二つのアプローチを両方認めており,両者は互いに補間しあうもので,両立で
きると考えている。耐震メニューの概念を3次元表示した図では,地震ハザードは,確率論で表して
いるが,確定論が必要な時は,それに切り替えて使用するものと考えている。
・確かに正確な表現としては,地震動発生確率である。
・被害想定などを考えると,答えに対する精度が問われるのではないか。市民は発表された値を絶対
的なものとして受け止めてしまうと思う。
・地震動予測地図などでは発表に注意が必要であろう。予想されたものが現状では最善であるが,
将来は変化する可能性があるものであるからである。また,値を継続的に見直す仕組みと、そのこと
を市民に認識させる教育・広報が必要なのではないか。
・将来,変更されるものとすると行政はそれを政策の前提とすることが難しくなるのではないか。
・米国では,ナショナルハザードマップを作成し,昨年更新した。このような更新例をもとに,どの程
度の変動があるかを例示することは可能である。
・地震動予測地図を文部科学省が作成しているのは不適切なのではないか。国土交通省が耐震設計
と絡めて作成すべきものではないか。
・米国でも同様な手順をとった。つまり,研究機関がナショナルハザードマップを作成したが,設計
コードはこの結果を参照しつつも,完璧にトレースしている訳ではない。使う側も独自のスタンスで
フィルタをかけて使えば問題ない。
・情報を出す側と対策を実現すべき情報の受け側が異なる場合は,その間の十分なコミュニケーション
が必要となる。国レベルでは,内閣府(中央防災会議)も特定の地震についての地震動分布を
公表しており,どのように仕分けしているのか分かり難い。地方自治体でも部局にまたがるものは,
部局間に埋もれることが多い。縦割りの不具合をさけるために,独自に条例を作成し,防災対策全般
を一貫してやれる体制を整えている地方自治体もある。
・縦割りは否めないが,地震調査推進本部はあくまでもサイエンスとしての作業であり,防災対策は内
閣府防災対応部門や各省庁が対応している。
・地震税についてもうすこし紹介してほしい。
・地震は身近になく,潜在的な危険を理解することは容易でない。そこで,地震税として顕在化させ,
建物を持つ義務を感じて欲しいと思い提案した。また,災害後の社会的コストの発生を考えると事前
対策は極めて重要である。その一つとして,事後にかかるコストの財源確保のための地震税の徴収
が考えられる。
・もともと危険度には地域差があるが,税金として広く徴収したお金を被災地に投入することは不公平
にならないか。現時点では税金を取るのは得策とは思えない。現在最も大切なのは,リスク情報を
開示し,市民の自助努力を促すことではないか。
・情報開示は重要である。横浜市では50mメッシュの地震動予測地図を公開した。公開前は,不動産
価値の低下などのクレームを危惧したが,公開後の市民の評価は非常に高く,引き続き液状化マップ
を公開することになった。
・これまでは,プライバシーや財産権の侵害が危惧され,開示することに及び腰だったと思われる。
但し,情報はそれなりに公開されているので,それをどう行動に結びつけるかが必要なのではないか。
・住環境の向上と合わせて情報インフラの整備の充実が必要なのではないか。情報は出すだけでは
見てくれず,その理解を促す解説や対応の仕方等をセットで出す仕組みが必要と思われる。また,
制度的には税金の規制や反対者への強制を組み合わせる必要があると思う。
・地震の場合には,木造密集市街地に住んでいる人は加害者になりうるということを理解させることが
必要ではないか。その理解があれば,自分で耐震性を点検するようになると思う。
・情報開示は,総合研究特別調査委員会の初期から問題であった。例えば,現在でも兵庫県南部
地震の建物における地震記録が出ていない可能性がある。民間からの積極的な情報開示を望む。
・まちづくりは,個々の建物から始まるので,個々の建物のリスク情報開示は重要である。しかし,その
情報が社会へ開示されるので,プライバシーの問題は残ってしまう。一方,集団情報の処理・開示方法
は格段に進歩しており,市民の関心度も向上している。現時点では,個別情報のあり方,あるいは情報
の次につながる対応のあり方を考える必要があるのだろう。
・高見沢先生から紹介があった建築学会行動計画について説明して欲しい。また,現時点での耐震
メニューはこのまま一般の人に公開しても全く分からないと思うので,分かり易く見せることが必要だと
思う。さらに,建物の耐震等級を5つに分けているが,有意に分けられるものなのか。
・災害時に建築学会としてどうしたら良いかを考える委員会が現在作業中であり,報告書を学会に提出
することになっている。これを受けて学会が判断するので,すぐに会員各位に何かの依頼があること
はない。
・耐震メニューを分かり易くする必要はある。但し,耐震メニューの目的は,施主と設計者との間をつな
ぐものであり,施主というものをどのように設定するかによって内容が異なる可能性はある。また,正確
性が必要なので,情報の受け手側も勉強が必要であるし,そのような防災教育をする必要も感じてい
る。

最後に,井上豊(日本建築総合試験所)が各小委員会の活動内容、討論を総括した上で,今回の議論
の内容を踏まえ,秋の大会に向け各小委員会等においてさらに議論を深めていくことを確認し,閉会
とした。
                  <記録文責:片岡俊一(弘前大学),池田浩敬(富士常葉大学)>