日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!33号
支所だより 〜富山〜

自然環境と建築

堀 祐治
(富山大学芸術文化学部 准教授)



 合掌造りの集落のある五箇山は,省エネルギー基準の区分で言うU地域に相当する寒冷地であり日本有数の積雪地でもある。 今年この地において,ヒートポンプを用いた省エネルギー建築の実地試験が行われている。 厳しくも豊かな自然があふれる五箇山の気候下で,人が快適に暮らすために必要なエネルギーを僅かながらでも削減せんとしている様は,どことなく滑稽なものを感じずにはいられない。

 建物の形成に地域の気候風土,文化,社会環境が関与していることは記するまでもないが,特に地域の自然は,建物の素材や形,さらには街や都市の形成へと深く関わっている。 建物が過酷な自然環境の中で人々の営みを可能ならしめるために築かれてきた事を鑑みれば,これは至極当然のことであり,築かれた建物,街並みの形は必然的に生じたものと見ることも出来,地域の建築の特色は先人に培われた「地域の自然に適した形」であるとも言える。

 しかしながら,近年の建築ではこの様相に変化が生じてきている。快適な空間を求めてきた我々は,化石燃料を消費し,建築技術,工業技術を発展させ続けてきたが,この技術の向上とエネルギーの消費は,快適な空間の実現と共に建築に意匠的自由をももたらしてきた。先の五箇山においても,特に合掌造りのような形状に習わずとも,冬凍えることなく,積雪に倒壊することのない空間を作り出すことを可能としてきた。 言うなれば,今日の建築設備,構造の技術を用いることで,これまで培われてきた寒冷地域,豪雪地域における建築手法に,それほど重きを置く必要が無くなったと言える。

 五箇山に限らず,今日の建物や街並みからは,地域性,すなわち自然環境との繋がりを見いだすことが困難になってきている。 これは,数億年をかけて貯えられた化石エネルギーという貯蓄を自由に使うことが可能となった現代の,特殊な建築の時代であるとも捉えることが出来るが,この方向性に持続性の無いことは明白であり,エネルギー問題,地球温暖化問題に直面した今日,今一度,自然環境における建築のあり方について問いかける必要がある。

 けっしてエネルギーの消費を前提とした建物を否定し,自然との共生を第一と考えるわけではない。 しかしながら,地球温暖化や化石燃料の枯渇といった避けることの出来ない問題を目前に,生活水準の向上,建物や都市の景観,芸術性などの相反する目的に対し,我々建物の使用者は,自然の中で生活することと建物の意味を再認識し,そのスタンスを明確するよう,建築のあり方について再考すべきではないだろうか。