日本建築学会北陸支部広報誌 Ah34号
シリーズ「いきいき街づくり」(富山)

吉久のまちなみと今後の課題

林 芳宏
(吉久の伝統的町並みを考える会副会長/空創建築計画事務所代表>


写真1 獅子舞とまちなみ


写真2 アートinよっさ

  富山県高岡市の北にある吉久(地元では「よっさ」と言う)は高岡と放生津(現射水市)を結ぶ旧放生津往来に面して江戸末期から昭和初期に掛けて形成された繊細な千本格子(「さまのこ」と言う)を特徴とする町屋が軒を連ねる地区である。静かな面持ちを保ったまま現存していることも特徴と言える。しかしながらこれまでの改築や取り壊しなどにより、町並みの連続性は低くなりつつある。さらに、高齢化による維持困難な状態や空き家化など、他の伝統的町並みを持つ地区と同じ問題を抱えている。

 そこで、この貴重な文化遺産を後世に残すために地元の大菅正博氏が発起人となって「吉久の伝統的町並みを考える会」を発足させ、この美しい町並みを残すための活動を始めた。ところが、この町屋に住まう住民や地域の住民にはこの町屋が貴重な財産であるという認識よりも、「暗くて寒い家」と言った認識を持つ方も少なくない。こういった負のイメージを正のイメージに転換していくことから始めることにした。また、この地区は秋祭りに行われる獅子舞が盛んで、小さな子供から老人まで一年に一回のこのイベントを楽しみにしている。[獅子舞とまちなみ]

 そこで、この秋祭りに合わせて町並みとアートのコラボレーションのイベント「さまのこアートinよっさ」という事業を始めた。[アートinよっさ]県内の作家さん達に協力をして頂き、作品を町屋の軒先や土間に展示するというものである。このイベントが始まった当初は地域の住民の協力や共感を得ることも難しかったが、外部からこのイベントを見に来る人から「素敵な町ですね」といった感想を聞くようになって、自分の住む町、家に改めて価値を見いだしたかのようだった。毎年このイベントを開催することにより、徐々にではあるが、住民の意識も高まりつつある。町並み保存のために「重要伝統的建造物群保存地区」の指定を受ける選択肢もあり、行政側からの制度説明なども受けたが、住民全体の賛同を得るにはまだ時間がかかりそうである。

 さて、町並み保存を考えるときに大切なことは住民が本当に望むことは何かについて住民同士が充分に協議することである。ただハードとしての町並みを保存しても、住民にとって望まない保存では意味がない。知名度が上がることによって観光化されたためにそこに住むものにとって決して心地よくない町になってはいけない。普通の生活の中に文化財があることが理想である。住みやすく、美しい町並みを残したいものである。

 「さまのこアートinよっさ」も昨年で10周年を迎えた。住民が空き家だった町屋を買い取り、喫茶店に改装して町並みに関する情報発信となった事例もでてきて、今後の明るい材料となった。住む側、守る側の高齢化に余り時間の余裕はないが、前向きに一歩一歩を歩もうと思っている。