日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!35号

2009年度日本建築学会北陸支部大会 シンポジウム報告
こどもとけんちく−みらいへつなぐ


丸谷 芳正
(富山大学 教授)


 
1 シンポジウムのポスター


図2 シンポジウム風景

  2009年7月11日(土)から12日(日)にかけて富山大学五福キャンパスにて日本建築学会北陸支部大会が開催された。初日の午後2時から「こどもとけんちく−みらいへつなぐ」というテーマで記念シンポジュームが開かれた。新潟大学教授の五十嵐由利子氏、富山大学人文学部准教授の大西宏治氏、福井大学工学研究科の粟原知子氏の3名の方にパネラーとして参加していただいた。コーディネーター役をつとめたのでここに報告いたします。参加人数は80人で建築分野以外の子どもの教育に関わる方々の参加もあり普段の建築学会のシンポジュームとは一味違う雰囲気であった。

  まず、コーディネーターから「こどもとけんちく」という今日的な問題に対して我々がどう関わっていくべきか、このシンポジュームをきっかけに問題意識を共有したいという趣旨説明のあと各パネラーの発表ではじまった。

  五十嵐由利子氏からは、長年実施されてきた新潟支所の「親と子の建築講座」の経験を報告された。1992年の日本建築学会新潟大会で開催され、「建築と子どもたちネットワークにいがた」が実施された。翌1993年から実行委員会を組織し今日まで新潟支所主催で毎年3回の「親と子の建築講座」が実施されてきた(2008年からは建築学会本部の意向で「親と子の都市と建築講座」に変更)。講座の主旨は、建築の専門家からの面白い説明や楽しい体験を通して都市や建築を支えている技術を理解すること、生活環境全体を考える環境教育として、さらに地域社会における学校外教育としての受け皿作りとして位置づけ定着させることを目指した。まちなみ探検、実験と創作などこれまで51回の講座が開かれた。毎回、2時間の講座で休みもとらず没頭する子どもたちの姿が見られた。創り手として使い手として子どもたちに「驚きや感動」を与えることが重要であり、そのためには効果的な学習過程が大切で、感性、理解・認識、思考・判断、表現・行動・実践という4段階の過程を取り入れることで子どもたちによい影響を与えることができるのではと考えるようになった(Ah!34号参照)。

  大西宏治氏からは「子どもがまちを知る活動−地理学からみる地域安全マップ−」というテーマで報告された。子どもを事故や犯罪の危険から守ろうと、通学路の見回りなど、地域社会ではさまざまな取り組みが行われている。その取り組みひとつに地域安全マップづくりがある。子どもたち自らが地域を調査して危険な場所を知る活動である。入りやすく見えづらい場所など犯罪発生の可能性が高いところを見出す力を要請することにねらいがある。かつてのコミュニティでは子どもたちは自分の暮らすまちを濃密に体験することで社会の仕組みを知っていた。しかしながら、現在のまちでそのような体験をすることは困難であり、地域安全マップづくりは子どもにまちを知ってもらうことができる試みにもなっている。2006年名古屋市千種区富士見台小学校で行った安全マップづくりの取り組みでは子どもだけでなく大人にも地域を見る力を要請できることを確認できた。この分野で地理学が貢献できる部分も大きい。地域を調べた結果、子どもたちが犯罪に関することだけでなく、地域のなかの楽しい場所などをあわせて調査して、地域住民と情報交換することがあれば地域への愛着が増すことも期待できる。

  粟原知子氏は「子どもの生きる力を育てる遊びの大切さと その環境づくり」というテーマで報告された。まず、子どもの遊びには身体的発達・社会的発達・精神的発達という発達があり、人間と場所という関係性の中で遊びという創造行為を繰り返す。このことで自分を知り、環境を理解する、つまり遊びで成長するという。現在の子どもは遊ぶ力を失ったかもしれない。身近にあった自然環境や空き地が減少し、代わりに管理された公園等の遊び場に変わった。自然や本物に触れ合うことが少なくなった。では、子どもの遊ぶ力を引き出すどうしたらよいだろうか、事例を交えて説明された。空き地を提供することで創造的な遊び、自然遊びを増加させた事例、園庭を緑化させた保育園の事例などをあげた。大人も遊びに関する知識をもつ必要性があり、また管理しすぎないよう気をつけなければならない。また、大人の気配を感じながら安心して遊べる環境や自然を残し自然を生かす遊び場づくりは子どもの遊びや創造性を育むにはとても重要である。

  パネラーの報告の後、会場との討論が行われた。まだ「こどもとけんちく」というテーマは議論の端緒についたばかりである。新潟支所の長年継続した活動の意義は大きく建築というテーマを通して地域の子どもたちに与えた影響は大きい。安全マップづくりはまちが本来もっていた場の力を取り戻す必要があると気づかされた。子どもの遊ぶ力を引き出す環境づくりはまさしく建築学会の大切な活動のひとつとして捉えられる。今後も支部として取り組んでいく必要性を会場の方々を共有することができた。