日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!35号
支所だより 〜新潟〜

石造による雪室の展開

黒野 弘靖
(新潟大学工学部建設学科 准教授)



図1 石蔵前室


図2 石蔵外観


  新潟県には、素材としての石の特徴をよく表した伝統的な建築がある。それを紹介し、「素材と建築」というテーマへの参考としたい。
  ここで対象とするのは、岩の原葡萄園(上越市北方1223)の石蔵である。この葡萄園は、川上善兵衛が明治23年(1890)に開設した。自宅の庭園を葡萄畑とし、主屋の脇に葡萄酒の発酵と貯蔵のための石蔵を建てた。それが第1号石蔵(明治28年(1895))と第2号石蔵(明治31年(1898))として現存し、それぞれ登録有形文化財、上越市指定文化財として保護されている。両者ともに現役のワインセラーとして使用されており、第2号石蔵は一般公開もなされている。
  第2号石蔵は、長手の側面に前室がつく。そして全体に切妻の大屋根が載る。壁は、最低部から1m強の高さまで玉石積み、その上部は切石で組まれている。
  この石蔵は敷地の外れの窪地に立地している。そのため敷地の中央からは、下がってアクセスする半地下式となっている。前室がついているのは、このレベル差を処理するためであり、前室内部は斜路となっている。
  こうした地形を利用した建て方や石組みの特徴は、この石蔵が雪室(ゆきむろ)から始まったことを示している。
  新潟県では、氷を貯えておく室を雪室と呼ぶ。地面を1m以上掘り、玉石で土留めし、冬期の積雪を入れて蓋をし、夏期に取り出して使用した。屋内のものも屋外のものもあり、各地に残っている。川上善兵衛は、これをワインの低温発酵と貯蔵に利用したのである。
  雪室は冷蔵庫なので、人が入ることはない。しかし、岩の原葡萄園の石蔵は、雪が入るだけでなく、人が樽を出し入れするため、内部空間をもっている。
  前室の扉を開けると、斜路が下っていく。一方でヴォールト天井は同じ高さを保っている。両脇の壁には、石積みの上に切石のビラスターが立ち、この天井を支えている。斜路を降りきったところの上部にアーチが架かる。その粗い石の一つ一つに岩乃原葡萄園第二號石蔵の文字が刻まれている。その先の鉄扉を開けると、玉石積みの壁で囲われた、暗く広い石蔵へと至る。
  こうした内部空間は、ワインを低温で発酵させ貯蔵するという目的に沿って、石材が選ばれた結果ともいえる。ただ、上部に西洋建築の技法を用い、下部の伝統的な雪室と組み合わせたことは、川上善兵衛と棟梁・古市新十郎の創意である。それにより、それまでには見られなかった雪室の内部空間が現れ、地底の別世界に降りていくという、西洋の古代神殿のような空間体験がもたらされている。