日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!37号
支所だより 〜長野〜 テーマ:「水」

ヒトを動かす水

柳瀬 亮太
(信州大学工学部建築学科講師)


図1 水路の痕跡を感じられる空間


図2 暗渠と明渠の境界


図3 親水空間

 前号の『土』と同様、『水』も隠される傾向が近代社会の発展とともに見られます。長野市内においても用水路や河川が暗渠化されている事例は少なからず見られ、その傾向は都市部であるほど顕著です。それでも、『水』は視覚・聴覚を通じて感じられる場面が日常に数多く残っているため「意識され易い存在」と言え、人間にとって、視野の中に『水』が存在することは、その光景の魅力を向上させるように作用すると考えられます。このことは、ウォーターフロントの開発や水を主題とする景観および住環境研究の事例の多種多様さ、親水空間の増加などに現れています。

 しかしながら、水の存在が必ずしもプラスに作用するとは限りません。水が汚れていたり、水辺にゴミが散乱していたり、不自然と感じさせるような整備がされているような場合は魅力を低下させるだけでなく、近寄りがたい場と認識されたり、不法投棄など非社会的行動を誘発する場と化すことになります。道端の単なる水たまりは回避行動を促しますが、魚などが泳いでいたり、小鳥が立ち寄るよう整備された小池は人をひきつけます。また、単純に整備されたのではなく、自然さを意識して形作られた場に、人は魅力を感じることが多いです。

 本年度、研究室では『水の持つチカラ』を考えるキッカケとして、松本市で開催されている『工芸の五月』における『みずみずしい日常』という企画(人場研主催)に関わりました。これは、松本の湧水と工芸・クラフトを結びつけることで、豊かな水のあり方、工芸・クラフトのあり方を提案するとともに、松本市民や観光客に湧水や工芸を身近に感じてもらうものでした。

 企画では、「守るべき水」と「気づかせる水」をテーマとして、湧水を意識させる散歩コースを提案しました。前者は、源池の井戸など、歴史ある湧水を巡るとともに、その歴史などについて紹介する資料を提供することで湧水の大切さを再認識してもらいました。後者は、普段は側溝などに流してしまっていて、近くを歩く人も気づくことが少ない湧水に水口などを設置し、水が落ちる音などで意識させるように工夫しました。

 実際に自分自身、湧水マップを片手に散歩する企画に参加し、世代を問わず気軽に接することができ、四季折々、五感(温冷覚を触覚と区分すると6つの感覚)を通じて楽しめる『水のチカラ』を改めて感じさせられました。ヒトを動かすことをふまえ、水を隠すのではなく、顕在化させる取組みを進め、『ヒトを動かす』仕掛けとして活用する姿勢が求められるように思います。