日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!37号
学生シリーズ(福井) テーマ:「女性と建築」

女性がまちの細部をつくる

高橋 梢
(福井工業大学大学院工学研究科博士後期課程3年 内村研究室)


図1 相生地区の博物館通り


図2 舟溜まりから蓬莱地区を望む


図3 住民が持ち寄った一コマ


図4 自分の家の様にまちをイメージする


図5 舟溜まり地区の改修事例

 約5年前から、福井県敦賀市の舟溜まり地区において景観計画づくりに携わってきた。ワークショップ等を重ねる中で、〜住民の思いを読み取る方法や、その思いのヴィジョンを模索し提示していくこと〜、敦賀のまちには実にいろんなことを教えていただいた。  敦賀の取り組みの内容と合わせて紹介させていただきたい。

  舟溜まり地区は、旧敦賀港に面し、敦賀酒蔵や博物館などのすこしの歴史的建築物と普通の住宅地とが共存する相生地区と、今ではほとんどが無機質なビルとなっているが、“越前ガニ”ブランドの発祥の地でもある魚問屋等の建物が多く立地する蓬莱地区からなっている。
  景観づくりは、調和のとれた外観をつくることではなく、まちのコミュニティを再生し自分たちの生活を自分たちでつくること、すなわち人の気持ちづくりの計画なのだといいつつも、この地区には例えば、漁業者と魚問屋との微妙な関係や、商いに重きを置くか静かな住環境を求めるか、住民の気持ちにも温度差がまざまざとあった。また、建替えを近年終えたばかりの家が多く、住民の関心や志気は高いとはいえなかった。何よりこれまで幾度も行われてきた各種計画委員会等を経て、なお変わらぬまちの有様に住民の不信と疲弊も大きかった。
  そのため、はじまりは景観計画の構想づくりではなく、このような不満や対立関係、軋轢といった境界をいかに打破し、一人二人の気持ちに灯をつけるだけでなく、みんなの気持ちにどんな未来像を建ててゆくことができるのか、それが真髄だと感じた。

  幾たびかのWSを通して、特に変わったのは女性の住民の方たちだった。
  「花を飾っている今の活動も立派な景観づくりですよ」「まちづくりは隣人のことを考えることです」という言葉に即座に反応し、次は何をしたらいいのだろうということで、独自に写真や資料を持ち寄り、「ちょっと出てきてよ」と役所の方に自ら声をかけて話し合いの場をもうけるなど、次の行動も早かった。しまいには「まちづくりを考える女性の会」まで発足。まちはどんな風に歳をとってゆくんだろう。わたしはまさに、ここにまちの心音を聞いた気がする。
  このとき持ち寄られた写真には、祭りの時には山車が通るという歴史文化ある地区の誇りや、当時の商店街としてのにぎわいへの追想、魚屋のオバアチャンの前掛けなどへの愛着が詰まっていた。通りには人がとどまる場所があり、みなが集まり話をする光景があり、景観づくりにこの写真を携えてきたこと、そこには女性ならではの生活と結びついた視点があった。
  景観計画では、この日常的な感覚・記憶をイメージとして描き出し、前掛けなどのモチーフや一輪挿し等のすぐにでも取り組み可能な活動、蟹・魚の加工風景といった独自の風物景観としての作業場の内装などについても景観形成基準として、助成策に盛り込んだ。
  地区の固有な景観というのは、時には日常生活の微妙な形にあらわれる。まちが些細な日常やそこにずっと流れている時間とつながり結びつく時、何とも言えない魅力を発揮する。自分たちの生活をつくることが、そのまままちをつくることにつながっていき、自分の家のようにまちの具体的な空間がイメージされることなのである。

  現在、魚まちの2軒の改修を通して実際にまちの姿が変わってきたのをみて、この機会にまちに合わせて改修したいという案件が続いている。さらに、個人宅の庭やコレクション等の公開を住民同士で促したり、古い道具の残る床屋の活かしかたを考えたり、女性が中心となって日々の会話の中でどんどんイメージがふくらんでおり、継続的なエネルギーとなっている。
  生活そのもの、日常そのものを表出する景観は、建築・都市計画の分野からこんな家政学の分野にスライドしていくのではないだろうか。その根幹を担い、まちの細部をつくるのは、女性たちが中心であると感じる。