日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!37号
シリーズ「いきいき街づくり」〜長野〜

物語を重ねてゆくこと

宮本 圭
(シーンデザイン一級建築士事務所、有限責任事業組合ボンクラ)


図1 有限責任事業組合ボンクラ


図2 自ら施工している改修の様子


図3 「門前に寄り添うこと」と題した
パネルディスカッションの様子



図4 蔵を改装したシェアオフィス


図5 2ヶ月毎に行われている
門前市の様子


文化財的な価値がなくても魅力ある建物
 2009年の秋より、信州善光寺門前に位置する東町で、「KANEMATSU(カネマツ)」と名付けた建物を修復しながら事務所として使い、さらにKANEMATSUを拠点にさまざまな活動を行うプロジェクト「bonnecura project001 KANEMATSU」を実行しています。
 東町は、長野市の商工業を支えた大きな問屋街でした。長野市の老舗の多くはこの東町を発祥の地としています。今も残る蔵や商家は、この地で紡がれてきた歴史や人の交流を物語る貴重な存在です。1910年にこの地に建てられた約150坪の床面積を持つ「KANEMATSU」もそのひとつです。
  「KANEMATSU」は旧金松商事が1971年から2008年の末までビニール製品の卸売業、そして工場・倉庫として使用してきましたが、郊外にできた卸売団地への移転や他社との経営合併などから、その役目を終えることになりました。
 3棟の蔵とそれらをつなぐ平屋からなる建物群は、文化財としての価値はありませんが、時を重ねた風合いが魅力の建物です。しかし、その後の利用については、建物の大きさ故に全面的な改修を行うには費用がかかり、借りる側としても設備投資の大きさから、建物の魅力は感じつつも手が出せない状況にありました。
 このままでは何も生まれず、所有者の負担のみがかかることに加え、使われなくなった建物はすぐに傷んでいってしまいます。地域の発展とともに歴史を重ねてきた建物は魅力的ですが、建物の老朽化や維持管理の問題から、このような古い建物は消失する傾向にあるのが現状です。
 何か有効活用できないものかと市内の不動産屋から相談を受け、一時は利活用していただけそうな人に紹介していたのですが、なかなかやってみようという人は見つかりませんでした。そのうちに“それなら自分たちでなんとかできないか?”と考えるようになり、このプロジェクトが始まりました。

有限責任事業組合ボンクラ
  プロジェクトを進めているのは5社7名により構成される有限責任事業組合ボンクラです。  シナノカネマツ株式会社が所有するまちなかの古い工場を借り受け、自分たちの手で改修、再生しようと結成した異業種ユニットです。建築士、グラフィックデザイナー、編集者・ライターとして独自の活躍をしている7人が知恵と労働力を出し合いそれぞれの技術を生かし、建物をオフィスとしてシェア利用しながら、自ら建物に手を入れ、自らブランディング、プロモーション活動を行っています。建物の改修自体も一過性のイベントで終わらせず、未来へ続く活動にしようと、向こう30年間、活動を継続させることを前提に「LLP(有限責任事業組合)」を立ち上げました。資金がないので、頼りになるのは自分たちが個々の仕事で培ってきた経験や能力やネットワーク、それに労力だけ。それがいろいろな方面にアンテナを張ったり工夫したりすることにつながり、ハード、ソフト両面で良い結果を生み出しています。

古い建物が持つまちと共有した時間を再評価する
  これまでKANEMATSUでは、ボンクラが主催してさまざまなイベントを行ってきました。また、市街地において短期で場所を借りたい、または、古い建物が持つ雰囲気を大事にしたイベントスペースとして利用したいという団体・個人に、時間、空間を提供しています。  単発のイベントを、どうしたら継続した状態にあるモノとつなげながら考えていくことができるかは、まちづくりにとって大切な視点だと思います。ボンクラが歴史あるまちの新しい再生モデルとして試みていることは、古い建物が持つまちと共有した時間を、まちの魅力として再評価すること、そして人とまちをつなげながら、自ら古い建物で日々を営むことです。そうして建物が持つ物語に新しい物語を重ねていければ、“厚み”があるいきいきとした魅力的なまちが甦ると信じています。