日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!37号

建築学会大会2010 [北陸] 報告
メインテーマ:つなぐ−継承と創生−

市民をつなぐ:「映画作りの視点から 〜歴史・人・風景をつなぐ〜」


下川 雄一 (金沢工業大学環境・建築学部准教授)


写真1 水野一郎氏による主旨説明


写真2 佐藤滋会長の挨拶


写真3 木村大作監督の基調講演


写真4 木村監督と五十嵐氏の対談風景


写真5 会場前での「星景写真展」風景

 去る2010年9月8日に建築学会大会(北陸)の記念講演会として、映画「劔岳 点の記」で知られる木村大作監督の講演会、および建築評論家である五十嵐太郎氏(東北大学教授)との対談が富山県民会館で開催された。参加者は110名で、大半が一般市民であった。

  会は水野一郎氏(金沢工業大学教授)の主旨説明から始まり、今大会のメインテーマ”つなぐ−継承と創生−”、そして記念講演会のテーマ”市民をつなぐ”について説明され、建築学会と富山の人達との対話の場にしたい、と来場者へ語りかけられた。続いて、この記念講演会が今大会の最初の行事であることから、佐藤滋会長からの挨拶もあり、「劔岳」を見られた感想や建築学会の概要等についてお話された。その後、基調講演に先立って「活動屋・木村大作 最期の闘い」(27分)という「劔岳」のメイキング映像が上映され、来場者全員が「劔岳」の世界に一気に引き込まれることとなった。
  上映後、木村監督の基調講演(1時間)が実施された。内容は「劔岳」に関連したものであったが、様々なエピソードを含めたユーモア溢れる内容であった。下記にその一部を紹介する。

音楽の話: 外見に似つかわしくなく(本人談)クラシック音楽が好きな事、ビバルディの四季など自身が選曲されたクラシック音楽でBGMが構成されている事、それについて日本山岳会のメンバーでもある皇太子とお話された話題などが紹介された。

徒労という考え方: 「劔岳」は日本地図完成に必要な測量をするためだけに、1年間に200日もの間、立山連峰を黙々と歩き続ける測量隊の話である。そういう地道な努力を重ね、ひたすら何かに打ち込んでいく姿勢が大切。「劔岳」の撮影隊もまさに同じ姿勢で映画を作り上げ、良い評価を頂けたことを考えると、”徒労”ということが現代ではすごく大切な事だと思うようになってきたとのこと。

非常識であること: 黒澤明監督のもとでのカメラマン時代に経験したエピソードも幾つか紹介された。非常識な言動を繰り返してきたと自身の人生を振り返りつつも、非常識でなければ成せない事もある、「劔岳」の映画作りも過酷で、ある意味非常識だったが、だからこそあの映画が出来た、と熱く語られた。

場所や風景について:  「劔岳」の宣伝で47都道府県を回ったが、どの県も建物の特徴や様式の違いが薄く、近代化の悪い面を如実に感じたとのこと。一方で、地域によって”瓦”に特徴があること、沖縄が最も個性を感じること、建物や町並みがもう少し自然や場所と調和していれば映画作りも苦労しないこと等を冗談交じりに話された。

  後半の対談では、まず司会の水野一郎氏から「厳しさの中にしか美しさは存在しない」という監督の言葉がやはり印象的です、とのコメントがあり、約1時間の対談が展開された。以下にその一部を紹介する。
(五十嵐)「劔岳」の原作との関わりは?
(監督)「八甲田山」の撮影後に一度読んだが忘れていた。能登半島への撮影旅行の途中でたまたま立山に寄って、そこで原作を読んだ事が直接のきっかけ。その前には男鹿半島や竜飛などにも撮影旅行に行った。自然の厳しい姿、美しい姿を映像化したいと思っていた。
(五十嵐)鳥取県に三仏寺投入堂というのがあり、その風景も非常に貴重だが、そこへ辿りつく過程が大変で、野生に返るような感覚があるが…
(監督)撮影過程もよく似ていて、測量隊とほぼ同じ経路を歩いた順撮りであった事が、役者さん達を無の境地に追い込み、自然な演技ができていたのではないか。その意味で当時の情景がよく再現できたと思っている。
(五十嵐)監督が撮り貯められた映像集「春夏秋冬フィルムライブラリー」の中で例外的に東大寺や法起寺などの人工物の映像が含まれていたが…
(監督)これまでに造形物や自然を見て感動して泣いた事が3度ある。南極のパラダイス・ベイ、ペルーのマチュピチュ、そして劔岳。劔岳のそれは、下見で別山におり、雨上がりに霧が晴れたその隙間から、目の前に神々しい劔岳が突然現れた時のことだった。僕の場合、何かに感動するということが映画作りの原点かもしれない。
(五十嵐)木村監督はカメラマンの中でもピント合わせが特に上手かったとお聞きしているが…
(監督)若い頃、焦点距離と視野角の関係を頭の中に叩き込むために、街に出かけて、風景の切り取られ方を分度器で確認するという訓練をしていた。現場でかっこ良く仕事をしたいというのもあったが、実はそういう影の努力もかなりやっていた。
(五十嵐)建築も空間の大きさを体で覚える事が重要ですが、共通する面がありますね。

 また、五十嵐氏は監督の撮影による映画「誘拐」(1997年)を例に挙げ、都市空間を背景とした映画作りの話題にも触れた。東京の銀座や歌舞伎町など大都市がすごくダイナミックに映像化されているとのコメントに対し、監督は舞台裏のエピソードを含め、自然を舞台にした劔岳とはまた全く対照的な映画作りのドラマがあった事を紹介された。さらに、会場からの質疑では、映像制作の実務経験者からの質問があったり、別の来場者から次回作を期待する声が挙がったりした。

  閉会の言葉として、水野一郎氏は「前半の基調講演ではざっくばらんな雰囲気の中にも一つ一つ大切で重い言葉があった。また会全体を通して、木村監督の映画作りの原点、エネルギー、姿勢などを強く感じ、示唆に富んだ会であった」と述べられた。

  今回、会場前のロビーでは、アマチュア写真家の中川達夫氏のご厚意により、劔岳を被写体とした「星景写真展」も併催された。参加者が会の前後や休憩中に、劔岳とともに写し出された美しい星空に見入る姿が印象的であった。