日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!38号
支所だより 〜長野〜 テーマ:「震災復興」

建築基準法の改正理由はいつも“想定外”

五十田 博
(信州大学工学部建築学科 教授)


図1


図2


図3

 3月11日以降防災の意識が高まり、特に9月は防災月間ということもあって、市民を対象とした戸建て住宅の耐震安全性に関する講演会をおこなう機会が数度あった。この種の講演会でいつも思うのは、一般市民が考える耐震性能と建築基準法が想定している状態との間にギャップがあるな、ということである。これは1995年阪神・淡路大震災の時も問題となり、すでに専門家の間では言い古されているのかもしれないが、依然一般市民には浸透していない。つまり、一般市民は耐震設計されている建物は大地震時にほとんど被害を受けないと考えている。一方、建築基準法は大地震時には建物は人命を守るために倒壊しないことを担保しているのみである。安全安心な社会形成のためには当然、市民が考えるようなレベルに建物の耐震性は確保されなければならないわけであるが、残念ながら基準法は最低基準なので、そういう話にはなっていない。その辺りの不備(?)を補うべく、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」がある。一部のハウスメーカーは耐震等級3が標準、という売り方もしているので、だいぶ浸透してきているように思う。また、長期優良住宅の認定基準では耐震等級2を確保する。木造住宅の場合、耐震等級2で一般的な仕上げがされていれば、阪神・淡路大震災の震度7レベルであっても、構造躯体にまで損傷が及ぶことはないことがわかっている。

  さて、建築基準法は1950年制定以降、何度か改正がなされている。改正は、幾度の震災を踏まえ、技術的に十分でなかったことを補う、ためになされていることが多い。“多い”と書いたのは異なる理由で改正されたことが2度あるからである。1度目は、2000年の改正で、木造は1995年の阪神大震災の被害を踏まえて規制を強化したものの、ほかの構造は変更せず、性能規定化のための改正であった。もう一度は2006年の耐震偽装対応の改正である。この2つの例外を除いて、基準法はいつも被害を受けて“後追い”の対応をしてきている。言い方を変えれば“想定外”のことが起こり改正をしたのである。想定外とはいえ、実は被害以前から技術的には不十分とわかっていることもある。地震等で被害でもあれば改正が可能なのであるが、技術的におかしいというだけでは改正に至る確たる理由にならない。今でも不十分なことがいくつかある。たとえば、木造住宅の壁量である。壁量の前提となる建物の固定荷重は現在建てられている一般の木造住宅の固定荷重の平均値からすれば軽すぎる。もっと壁は増やさなければ、許容応力度計算などと等しい壁の量にはならないのである。さらに、壁量計算には積雪荷重を考慮しなくてよいことになっている。ほかの構造は積雪荷重を地震時の荷重としてみなしているのに、である。2011年3月12日未明に発生した長野県北部の地震では積雪が1~2m程度あったものの幸い落雪型の住宅が多く被害を免れた。逆に積雪によって倒壊を免れた建物もあった。しかしこれはたまたまであり、設計上期待はできない。また、地盤の悪いところは特定行政庁が指定し、壁量を1.5倍するが、今のところ特定行政庁が指定している地域はない。2004年新潟県中越地震や2011年東日本大震災でも1.5倍までとは言わないが、2割程度は割り増したい軟弱な地盤の地域で被害がみられた。

  後ろ指を指されなくてもよいよう、今のうちにこれら技術的には問題があるとわかっているものの、実際変更できないこと、についてまとめ、広く知らせる活動をしなければならないと思う次第である。