日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!39号
支所だより 〜石川〜 テーマ:「エネルギーと環境」

金沢の自然ポテンシャルを読み解く
−斜面緑地からの冷気流、河川風、用水等による
夏季気温低減効果−


円井 基史
(金沢工業大学環境・建築学部建築学科 講師)


図1 横浜市の宅地開発(上1968年(仙田満氏撮影)、下1999年)


図2 金沢市(市街化区域)の緑地の変遷(1955〜2001年)


図3 冷気流実測結果の一例(地上高さ4mの風向・風速、定点との気温差、2010年8月24日)


図4 卯辰山中腹の緑地における鉛直気温分布と風向・風速(2011年8月9〜10日)


図5 用水の気温低減効果に関する実測結果の一例(2010年9月2日)

 今から13年ほど前に取り組んだ卒業論文のテーマは、横浜市における斜面緑地の変遷と保全に関する研究であった。横浜は多摩丘陵の終端部に位置し、開発に取り残された斜面緑地が立体的な緑として都市景観を形成している。その斜面緑地である樹林地面積の変遷を調査した結果は驚くべきもので、1969〜1997年の約30年の間に、横浜市の樹林地は、2/3ほどが失われていた。その大きな理由は宅地開発であり(図1)、建築や都市計画のあり方に疑問を持ったものである。美しい里山や谷戸を守るにはどうすれば良いか、都市の緑地をこれ以上減らさないためにはどういう手段があるかを考えるきっかけとなった。

 自然は美しいだけでなく、我々の生活に有益である、例えば気候緩和効果があることを一般の人に分かりやすく伝えられないかと考えた。自然のポテンシャルを読み解き、その恩恵を活かすよう、建築や都市計画のあり方を少しでも見直せないかと。

 金沢に越して来て、横浜と同様に緑地の変遷を調査した。その結果、特に水田の減少が大きく、1955〜2001年の約45年の間に、市街化区域内の水田は、7割以上が失われていた(図2)。
 
 樹林地については、中心市街地のすぐ側の台地に金沢城公園と兼六園の緑地があることに目を向けた。台地上にある緑は、夏の夜、冷たい空気を台地下の市街地に流し、熱帯夜を緩和させるのでは、と推測した。2009〜2011年と3年間、夏季夜間実測を行い、緑地にて生成し流れだす冷気について調査を進めた。兼六園下における冷気流や冷気だまりだけでなく、金沢城と兼六園のある台地を挟んで流れる浅野川と犀川における「風の道」の存在、そして、浅野川の対岸の丘陵(卯辰山)における冷気の生成などを明らかにしつつある。具体的には、一連の夏季夜間実測により、次のようなことが分かってきた。
 
1)金沢城・兼六園の緑地から市街地に伸びる道路上では、緑地に近いほど気温が低い傾向にある(長さ600〜1000mの道路の両端で最大気温差が約1℃)(図3)。緑地端部の傾斜変換では特に気温が低く、冷気だまりになっている。
 
2)浅野川・犀川沿いは、比較的強い風(南東からの陸風、東山の河川敷の地上高さ2mでの夜間平均風速は1.2m/s程度)が吹いており、風の道となっている。また両河川沿いの気温は中心市街地より最大で3℃程度低い。
 
3)鉛直気温分布を測定した卯辰山中腹の開けたテラスにおいて、地表面に近いほど気温が下がる接地逆転層が見られた(図4)。朝3〜4時にかけて、風が止むと同時に比較的大きな気温低下が起こり、地上面から厚さ7〜9mほどの冷気層が確認された。
 
4)浅野川から市街地へ延びる道では、風は川から市街地へ向かっており、市街地へ入りこむほど気温が高くなる傾向にあった。この道では川が運ぶ冷気が流れ込み、市街地の気温を低下させることが示唆された。
 
 金沢は用水のまちとも言われ、数で55、総距離150kmの用水が流れている。用水に夏季の気温低減効果があるか実測調査を試みた。朝方に用水近くで涼しさを感じる(気温差では0.5〜1℃)、用水の橋下は終日冷気だまり(用水脇より1〜3℃気温が低い)があることなどを把握しつつある(図5)。
 
 原子力発電所の停止により、今夏の節電や暑さ対策が新聞・ニュースで取り上げられている。夏の冷房エネルギー消費量、ヒートアイランドや熱帯夜、熱中症というのは、建築や都市のつくり方が大きく影響している。だからこそ、建築や都市の周りにある自然ポテンシャルを読み解き、その恩恵を活かすよう、建築や都市計画、さらには我々の日常の生活習慣を工夫できないか、と思う次第である。