日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!39号
学生シリーズ(石川)

[世界を変えた書物]展

磯部 淳己
(金沢工業大学大学院工学研究科建築学専攻 宮下研究室)


図1 知の壁


図2 知の森


図3 知の地層


図4 知の壁の制作風景

金沢工業大学のライブラリーセンターには、科学の歴史を作ってきた先人たちの書物、『稀覯本』を数多く収集している。そのコレクションは、世界的にも珍しく貴重なものであるが、ライブラリーセンターの奥に眠っており、一般のひとには見られない状態にある。

今回のプロジェクトはこの世界の歴史を変えてきた書物たちを、一般の人たちに見てもらおうということで、金沢21世紀美術館の市民ギャラリーを借りて展示する、というシンプルなものである。難しい内容の本をどのように分かり易く、多くの人に伝えるかということが、今回の企画展示の基になる大きなテーマにあった。
 
まず、私たち学生が、古い書物をどのように展示するか、という問いに対し各々個性的な空間を提示した。『古さ』や『量』を印象的に見せる案、歴史の連鎖から『無限』を感じさせるという案、書物の『記録』を抽象的に表現する案、「それぞれ魅力的なものになりそうな予感があり、いっそのこと案をいっしょにしてストーリー仕立てにしてみよう、ということで、本の『起・承・転・結』になぞらえて四つの空間的な特徴を持つ展示室の構成にしようと考えた。

【知の壁】では、入って一番に目にする場であるので、インパクトのある案を採用した。ここでは歪んだ本棚を作成し、時空の歪みを表現し、タイムスリップしたような感覚を味わえる。ここでは、本のビジュアルを見せるということで、装丁や挿絵の綺麗な建築書を中心に展示している。歴史を変えてきた本の量感と共にこの空間を感じてもらう。

知の扉】に進むと、書物の年表や、デュフィの『電気の精』、活版印刷機、ダ・ヴィンチの復元模型など、工学書物に関連する様々なものが展示されている。稀覯本に対峙する前の心の準備を整える場所である。
 
【知の森】では13のカテゴリーに大別された書物が一面に散らばっている。それぞれがまるで墓標、あるいは記念碑のように佇んでいて、来た人は自由に展示室を巡り本の鑑賞ができる。中央にはそれらの本の相関関係を示すシンボルモニュメントが据えられていて、一見ばらばらにみえるそれぞれの本が、実は至るところで関係し、影響していることを示している。知の森に足を踏み入れた人々は、思いのままに旅をするように歴史をたどる探検者となる。

【知の地層】は最後のエンドロールのような空間。ある本が世界に影響を与え、また更なる発展を遂げるきっかけを作り、また別の本が書かれる。そうした知の連鎖を育む土壌を、木と言の葉で織り成すインスタレーションで表現した。
 
本展の展示プランは、私たち金沢工業大学の建築学系の大学院生と学部生が約一年にわたり考案し、構築していったものである。会場全体を四つの部屋にわけ、書物の持つ魅力を様々な角度から紹介している。私たちの生活を豊かにしてきた科学技術、工学系の叡智それが最初に発見され語られた原典、稀覯な初版本を金沢工業大学が蒐集した工学の曙文庫をわかりやすく展示公開するものである。人類の叡智を未曾有にたたえる旅が、出会いと気付きの場になれば幸いである。