日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!39号
シリーズ「いきいき街づくり」〜富山〜

元気な人も、身体の弱ったお年寄りも、
みんなが街に出て、楽しめるコミュニティづくり

丸谷 芳正
(富山大学芸術文化学部教授)



図1 富山市中心市街地を走る路面電車(セントラム)


図2 広い舗道に並ぶ
会員制「コミュニティサイクル」



図3 歩行支援機器手元にブレーキ、
休憩用の座面がつく



図4 星井町に最近オープンした
角川介護予防センター
(リハビリプール、パワーリハビリ併設)


我が国の65歳以上の高齢者人口は2030年には3人に1人という。世界でも類のない高齢社会の到来が現実になろうとしている。社会技術研究開発センターRISTEX(http://www.rlstex.jg)では、平成22年度より高齢社会をテーマにした新たな研究開発領域「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」(http://www.ristex.jp/korei/)の活動を開始した。全国十数か所の拠点で、それぞれが3年間、アクションリサーチという実践的な手法で研究開発を行い、問題解決につながる成果を生み出そうとしている。

富山大学の「社会資本の活性化を先導する歩行圏コミュニティづくり」は、富山大学大学院医学薬学研究部(地域看護学)中林美奈子准教授を代表者とする研究開発プロジェクト(以下:中林プロジェクト)で、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」の研究開発のひとつに採択され、平成23年10月より富山市において研究がはじまりました。

富山市はコンパクトなまちづくりの実現に向けて公共交通の活性化と徒歩圏の形成を推進していて、ライトレールの導入や市電の環状化、自転車市民共同利用システムなどのまちづくりが進んでいる。「中林プロジェクト」では富山市の中心市街地を対象に、大学で開発中の歩行支援機器を公共ツールとして活用することで、元気なお年寄りだけでなく身体が弱くなったお年寄りも積極的に街に出て生活を楽しむことのできる歩行圏コミュニティの形成を目指しています。後期高齢者が増加している日本では、身体機能が低下し自立した生活が難しくなる「虚弱」の状態が長期にわたるお年寄りがたくさんいるため、虚弱の期問の生き方や支え方はとても大切なテーマとなります。

この歩行支援機器は富山大学で2007年に結成された「自立支援器具研究部会」で開発が始まりました。医学部(中林美奈子准教授、新鞍真理子准教授)、人問発達科学部(鳥海清司教授)芸術文化学部(筆者、河原雅典准教授)、工学部(木下研究員、2010年まで小泉邦雄名誉教授)など大学内のさまざまな学部のメンバーが参加し、体の弱ったお年寄りが自分で歩き、生活を楽しめるように開発が行われました。

「認定が、要介護2から要支援1に下がったんですよ」と嬉しそうに微笑むのは、富山市内に住むMさん(80歳)。要介護認定が「下がる」のは極めて珍しいケースです。富山大学が産学連携フロジェクトとして開発中のこの歩行支援機器を、Mさんがモニターとして使い始めたのは一年半ほど前のこと。「杖と比べて安定していますし、手元にブレーキがついているので、下り坂も安心です。外出する機会が増えて、毎朝の犬の散歩だけで2000歩も歩くようになりました。股関節の痛みも少なくなり、町内会の会合などにも一人でどんどん参加しています」。プロジェクト代表中林先生は、Mさんが積極的に歩くようになり足に筋肉がついたことが、股関節の痛みを減らし、介護度を下げる要因になったと考えています。

虚弱になっても積極的に外出できるこの歩行支援機器は、体力が落ちたり足腰が弱くなったために家の中にこもりがちなお年寄りの歩行能力を上げ、健康を維持・回復することを目的としています。「中林プロジェクト」では機器の開発からコミュニティの活性化に焦点を広げて研究開発活動を行います。

現在このような歩行支援機器は病院の中など限られた場所でしか使われておらず、屋外で見かけることはほとんどありませんが、欧米では一般的に広く使用されています。このプロジェクトでは、元気なお年寄りも、身体機能が弱って歩行支援機器を使う人も、車椅子の人も、みんなが外に出て活発に交流し、結果として街に賑わいが生まれ、コミュニティが活発になることを目指しています。研究対象地域である「星井町地区」は富山市唯一のデパートのある中心市街地に隣接し、富山市第2位の長寿地区で(3人に1人が高齢者)です。かつて商人が富山市岩瀬で水揚げされたブリをかついで飛騨方面に通う"ブリ街道"(旧飛騨街道)の起点がありました。往時は商店が立ち並び大変賑わいのある地域でしたが、現在は空き地や駐車場が多数点在し、人通りも少なくなっています。

「中林プロジェクト」は福祉・都市整備という横断型の行政、商店街、自治会、長寿会などの地区代表者と話し合いながら、介護予防センターや地区内の商店街、隣接するグランドプラザのある中心商店街を中心に、星井町のお年寄りが歩いて行ける範囲のコミュニティを活性化する社会実験を平成26年10月まで3年問かけて行います。

平成23年度は歩行支援機器の試作機を50台制作し、その後星井町地区内のモニターを希望されるお年寄りに貸し出したり、街や路面電車の中で自由に使えるよう改良した機器を公共の場所に設置しながら、家にこもりがちなお年寄りの外出機会を増やすとともに、利用状況やお年寄りの行動範囲などの調査を行っていく予定です。


(富山市は「中林プロジェクト」が立ち上がった翌々月の2011年12月に「環境未来都市」の選定を受けた。「環境未来都市」とは戦略的取組を行う環境未来都市を国が選定し、様々な支援により、環境、超高齢化対応等の面で、世界に類のない成功事例を創出するとある。「中林プロジェクト」研究会に環境未来都市担当者が新たに加わった。)