日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!43号

■北陸支部活動報告

2013年度北陸支部大会(石川)
報告:シンポジウム「設計教育の現状と課題」


山岸 邦彰
(金沢工業大学環境・建築学部建築学科 准教授)




写真1 シンポジウム風景


写真2 寺内美紀子先生
(信州大学)


写真3 黒木宏一先生
(新潟工科大学)


写真4 後藤哲男先生
(長岡造形大学)


写真5 貴志雅樹先生
(富山大学)


写真6 蜂谷俊雄先生
(金沢工業大学)


写真7 村田一也先生
(石川工業高等専門学校)


写真8 松下聡先生
(福井大学)


写真9 五十嵐啓先生
(福井工業大学)


写真10[進行]竹内申一先生
(金沢工業大学)



写真11 パネルディスカッションの様子1


写真12パネルディスカッションの様子2


[司会]宮下智裕(金沢工業大学)


-----【主旨説明】-----


●下川勇(福井工業大学)
 以前、“設計”は建築の中の花形のイメージがあったが、設計を志す学生が減少している。これまで大学で設計教育に携わってきた。学生にもっと積極的に取り組んでもらうためには、どのような設計を学生達に教育すればよいか?というテーマを研究委員会で提起したところ、各委員から多くの賛同が得られ、本シンポジウムのテーマが決定した。各高等教育機関が抱えている問題点や、それらの解決策を示して頂き、パネラーおよびフロアで討議して頂き、それらの内容を持ち帰り、北陸支部会員各位の設計教育に役立ててもらいたいと考えている。


-----【主題解説】-----


●寺内美紀子(信州大学)<写真2>
-----【設計教育に関わる問題点】
 議題を与えられて違和感を持った。“設計教育”という言葉自体に難しいものがある。“製図”はスキルだから教えようがあるが、“設計”を本当に教えることができるのか?設計は日々学生と一緒に考えていくだけなので、教育という枠組みで考えたことはない。かつて「寝食忘れて製図台に向かっていた時代」と言われていたとあるがピンとこない。寝食忘れてやっていた者は10%程度。ほとんどの者が辛さを我慢してやっていたのでは?我慢に意義があるのであれば考える所がある。教員になって間もないため設計教育のノウハウについてはお話しできないが、私の雑感として大学における設計教育の問題点を述べたい。 設計を大学で教えることがそもそも難しい。美術系の建築学科であれば絵や工作が得意という適性を持った学生が来るが、地方国立大学の建築学科に入る学生は大学に入って初めて製図を始めるので、その戸惑いが解消されないと、製図の好き嫌いで建築の好き嫌いを決めてしまう感じがする。課題制作というカリキュラムに難しさを感じる。 大震災や環境問題、高齢化など社会の中で共有しているような問題を、建築・都市空間で解決したいという意欲は強く感じるが、大学のカリキュラムがこのモチベーションに対応していないと感じる。また、建築のジャンルは幅広い。純粋な設計業は重要なポストではあるが、より広いジャンルに対してカリキュラムが対応していないように感じる。設計教育という言葉に違和感があるが、教えているのが設計なのか製図なのかときどき分からなくなることがある。
-----【設計教育】
 1年は設計製図の準備、2年から設計課題が始まる。自分のスタジオ(小規模)、住宅、オフィスビル、用途的に身近なものを設計課題としている。事例を見ながら自分の設計をまとめる。3年になると、図書館(長野駅前)、幼稚園(犀川緑地公園の傍)を課している。3年後期ではもっとも充実した設計課題、民家の再生、街区の再生(須坂市で実践)、市民向け発表会を行っている。4年は選択授業となり受講者が減る。本学の特徴は以下のとおりである。
@プログラム:小規模・単純なものから大規模複雑なもの、保存再生では都市的、地域的なもの
A構造形式を意識させた設計(特に木造を重視)
B具体的な敷地、敷地調査、環境の読み取りを重視(学生と出かけて調査する)
C手描きを重視している、CAD習得は学生各自で行ってもらっている。
D模型製作が弱い感じがする。
続いて、課題の優秀作品の紹介がなされた。
-----【まとめ】
・設計製図に取り組む学生の2極化を感じる。我慢して図面を書く達成感が減っている。単純に好き・嫌い、うまい・下手という状態になっている。
・4年生の製図授業がたくさん増えて(専門的には好ましいが)、従来の卒業設計・論文との両立が難しい。
・製図室が小さく、全員が着席できない状況。製図室が盛り上がらない。

●黒木宏一(新潟工科大学)<写真3>
-----【カリキュラムと課題設定の狙い】
 座学と設計製図が組み合わさっている。建築計画学の演習を経て設計課題に取り組む。1年では設計製図の基礎・トレーニング、2年では設計のコンセプトを建築的にどう表現すか(構造的には関係なく自由に)、3年では各種ビルティングタイプの設計(構造・建築計画的知識を踏まえたもの)になるものの、選択必修となる。2極化が3年次に顕著となる状況となっている。履修学生は2年生まで100%、3 年では15%しか設計を履修していない。3年次の設計授業を履修せずに卒業していく学生が大半であり、設計能力を十分に身につけずに就職していることが大きな課題であり、設計離れを顕著に感じる。
-----【設計教育の新しい試み】
 3年次の設計課題「こども園」の設計。妙高市における設計コンペで携わったもの(実在するもの)を教育の題材に出来ないか?と考えた。妙高市の協力を得ながら課題をスタートし、保育園に関わる現場の方にも課題の成果を見せた。課題にリアリティを持たせ、設計の疑似体験を経験することにより設計のモチベーションを高めようと考えている。敷地状況、周辺環境については妙高市から資料を提供して頂いた。3年生をヘッドにして1,2年生と組ませたチームで設計課題に取り組んだ。1年生に保育園の関係資料を調査させ、その資料をチームで共有し、3年生が具体的な建築として図面化する。また、妙高市、保育園の人にも参加してもらって中間発表・最終発表の場で討議を行った。優秀作品を審査会場へ持って行き、学生ならではのアイデア・作品を発表することができた。従来の設計製図は提出さえすればよいという意識しかなかったが、外部の参入により、モチベーションの維持や、やりがいの創出などの効果があり、従来とは違った設計教育が実践できたと考えている。また、3年がヘッドとなることで組織をまとめる力がついた。他方、1年は3年生の設計の取り組みを見ることができ、低学年の設計に対するモチベーションも高まるものと期待している。
-----【設計教育の現状と課題】
 2年次まで自由に設計できていたことが3年から様々な建築的制約がなされることで、学生がGAP を感じ、結果として設計離れに繋がっている現状がある。住宅以外の設計スキルが身につかず卒業してしまっているのが問題と感じている。

●後藤哲男(長岡造形大学)<写真4>
-----【大学の沿革と学習領域】
 今年1月2日に大谷幸夫先生(金沢工業大学校舎の設計者)が亡くなられた。私は大谷先生の設計事務所で10年ほど働いた経験があり、今回、会場が金沢工業大学であり、本シンポジウムのパネラーを引き受けた。本学は平成6年4月創立。環境デザイン学科+産業デザイン学科を設立。平成19年4月に環境デザイン学科を建築・環境デザイン学科と改称。基本的には“環境を設計する”というスタンスは変えていない。現在20〜17期生の学生を迎えている。定員は50名。専門領域は、建築デザイン、インテリアデザイン、ランドスケープ、都市計画+まちづくり、文化財建造物保存、遺跡整備、である。
-----【設計教育】
 設計教育は、座学と演習で構成されているが演習がメインである。1年目:前期に基礎造形実習、制作実習(椅子を製作している。成果を21世紀美術館で展覧会の開催実績を含め、毎年作品を一般に公開している)を実施する。制作実習はデザインマインド獲得のための最初の科目であり、椅子制作を通して物づくりのコンセプトと何かを学びそれを実現するデザインを磨く。また表現スキル向上として製図実習、後期には情報演習(CAD)を設けている。後期は建築・環境デザイン演習1で4課題をこなす。インテリア(3間立方の空間に2人で住む、吹抜けのあるインテリア空間)、土蔵のコンバージョン(伝統的な床、棚、書院付の続き間が条件)、フォリー(大学の敷地に全く自由だが椅子をおくこと)、住宅(3つの敷地から各自選択)。2年目:前期には建築・環境デザイン演習2(中心市街地課題と遺跡整備課題)。後期には建築・環境デザイン演習3(集合住宅としての学生ドミトリと音楽ホールの二課題)。全員が2年目までは基礎教養として、全コースの演習課題をこなすシステムとなっている。3年目:専門に分化。建築設計演習として空間デザイン演習1(チルドレンズミュ−ジアム、エコビレッジの二課題で建築とランドスケープコースがコラボレートする)、その他にインテリアデザイン、都市計画・街づくり、文化財保存にそれぞれ分化した演習となる。この時、これまでの成果をポートフォリオとしてまとめ就活に活かしている。3年夏休みから研究室に配属。学生はコースに拘束されない(選択自由)。後期に空間デザイン演習2(建築的な課題に共同設計などで取り組む)。4年目:建築デザイン演習、ランドスケープデザイン演習、インテリアデザイン演習3、都市計画・街づくり演習3、文化財保存演習3。卒業設計をイメージした演習を前期に行い、最後に卒業研究をまとめる。
-----【まとめ】
 演習課題における指導体制は、2年前期までは環境デザインを構成する各領域の教員が複数で担当し、それぞれの専門の立場からの意見を述べ、作品の講評をしている。また、2年後期と3年前期における建築系の演習では意匠系の教員や非常勤の建築家、地元の建築家に加え必ず構造系の教員と設備系の教員が複数で担当し、それぞれ専門の立場でエスキースを展開している。卒業設計における学生の力量はまちまちである。トータルとして環境デザインを目指しているが、将来、町をよりよくするデザインができるデザイナーに育つことが目標である。
-----【補足説明:製作実習における椅子製作】
○室田健一郎(長岡造形大学非常勤講師)
 入学者の性格は多岐にわたっている。まず新しい椅子をデザインしてもらっている。”Something New”が基本。学生と教員が合同でデザインを煮詰めていく。過去の実績や討論などを実施。三面図に起こし、完成図、を経て製作を行う。材料はランバーコアを主に使用する。 ものづくりを通じて、何のために建築を勉強するのかということを考えてもらう。人間、社会が幸せになるためには?を目標に、文理を超えて取り組む。

●貴志雅樹(富山大学)<写真5>
-----【富山大学の設計教育】
 芸術系の中の建築という位置付けである。創設来、設計の中でも意匠を専攻する学生が来る予定であった。現在4期生が卒業したところであるが、徐々に設計を志す学生が減ってきている。以下に本学の設計教育の概要を述べたい。
1年では“設計製図(トレース)”と“空間デザインA”。”空間デザインA”では思い思いに図面を書かせて、思い思いに物を作りなさい、という課題に取り組む。対象はシェルターである。木工機械室があり、学生自ら加工する。テントと木材でシェルターを作り、そこに1泊する。 2年では“空間デザインB”と空間デザインC”。“空間デザインB”は、椅子を作らせる。地元の杉材を使用する。林業を見学して、木工機械室に入り自分で加工し、最終的に公園で展示する。空間デザインC”では木造住宅の設計を行っている。住宅に+αの要素を加味したもの。軸組み模型を作らせている。構造については3年次に学習する。その際、自分で製作した模型が教材となる。3年以降では、”空間デザインD”、 ”空間デザインE”、 ”空間デザインF”がある。”空間デザインD”を履修する学生はこの時点で半分程度となる。”空間デザインE”は履修者が顕著に減少している。”空間デザインF”ではインテリアデザインを行っている。最後に合同公表会を行い、討議する。“卒業設計”では、自ら問題を見つけ出して解決することを目指す(解は無限にある)。しかし、解のない問題はなかなか難しい。また、高岡市美術館で卒業設計を公表している。公表前1週間ほど徹夜続きになることも。 続いて、課題の優秀作品の紹介がなされた。ゾーンミュージアム「金屋町楽市」、隈研吾の課題、商品開発、遊具製作(インテリア)、等。
-----【大学院における設計課題】
 大学院では実施設計をさせている。地域の公民館に携わっている。設計管理から職人まで(木を切削したりしている)。見積が合わず、学生自らが労務者となりプライスダウンを実現させた。

●蜂谷俊雄(金沢工業大学)<写真6>
-----【学部教育の状況】
 入学定員が220名で、2学科体制で教育している。2年次までは各学科とも設計は必修であり、設計に対するエスキスも非常勤講師の協力を得ながらマンツーマンでやっている。3年では設計系と環境・構造系に分化。最近は環境・構造系を選択する学生が多くなっている。かつては多かった設計が最近は100名を切るようになってきた。エスキスをかなり激しくやっているので、やる気のある学生は伸びている。また、先輩・後輩の縦のつながりがあり、先輩が後輩にアドバイスをする伝統ができている。できる学生は全国コンペ等で入賞するが、設計を辛いと感じた学生は2年終了後に設計から離れていく。
-----【大学院における設計教育】
 5年前に大学院改革を行い、プロジェクトベースの科目を創設した。建築計画設計統合特論、建築構造計画統合特論、建築環境計画統合特論の3講座があり、本学では“モジュール科目”と呼称しているが、これらを同一の授業として行い、3分野の教員が指導に参画している。大学全体としてPBL教育を目指す方針が示されたが、建築系ではこれまでもPBL教育を推進してきた実績があり、直ぐに対応することができた。本科目群は現在、(財)建築技術教育普及センターより学内インターンシップとして認められ、一級建築士受験に関わる実務年数の1年に対応したプログラムとなっている。本科目の学習目標は、技術の総合化である。分化した専門知識・技術について建築実務のどの部分で活かされ総合化されているかを理解する。技術者間のコラボレーションやチーム設計のやり方を学ぶ。また、自ら考え行動する高度技術者の育成を標榜し、社会が建築に求めていることを考え、それを建築作品として提案するプロセスを体験することも目標となっている。
モジュールI −建築の企画プロデュース−
(1)計画・意匠系のチーム:社会が建築に求めることを考え、ソリューションを提供する。
(2)環境・構造系の学生:種々の建築技術を調査分析し意匠へアピールする。
(3)講義形式で実務の概要を学ぶ:実務に近い知識を学習
(4)公開発表・審査会:成果をPPTにまとめて発表。公表会を受ける。
モジュールII −企画を建築作品化―
(1)作品化への技術者のコラボレーション:計画系は設計作品として完成、構造・環境はコンサルとして技術提案。技術コラボの重要性を体験する。
(2)講義形式で実務の概要も学ぶ:(省略)
(3)公開審査発表会:講師の講演、講評、自由討議(学生にとって楽しみ)、ゲスト講師と本学講師で議論し合う。
<実施状況>
@他分野が同時開講
A分野の異なる学生が集まって議論するという学習スタイル
B新たな刺激と努力目標が生まれた。
C構造・環境の学生が少なくコラボが困難になってきている。
<学生の意見>
@専門分野の異なる先生からいろいろなことを学べた。
A試行錯誤の授業との批判も。
B科目に携わる時間が多く研究の時間がない。
<教員の意見>
@総合化とコラボレーションの重要性を教えることができた。
A分野を超えて大学院1年生を直接指導することができた。
B準備、段取りで気苦労が多かった。
<今後の課題>
@“自ら考え行動する高度技術者”の育成
・自ら行動するは十分達成
・自ら考える:これが弱い
A複数作業を同時にこなせる能力の育成
・大学院1年生には負荷が大きい
・バランス良く同時にこなせる能力が必要
B全学的課題
・作業労力Vs教育効果を検証し、何かが加わったら何かを辞める「仕分け」が必要である。5年が経過し新しい教育のやり方として定着することができるようになった。

●村田一也(石川工業高等専門学校)<写真7>
-----【設計教育の概略】
 1年からすぐに建築について学習する。4年から教員に学生を割り振り、課題演習を行う。詳細は明日のTOPICSテーマで話す。必要図面の作成、成績評価、プレゼンテーション用の図面をつくらせている。3, 4年になると外部発表・展示を行っている。高校3年間+大学2年間でカリキュラムを組む。敷地は教員が設定。敷地の法規制を満たしながら自由設計課題に取り組む。
-----【作品紹介】
1年後期:自由設計課題(独立住宅の課題):平立断。模型写真とコンセプトをword等でまとめる。
2年前期:店舗併用住宅の課題:外部評価を入れる。基本図面+模型+コンペ図面。40名中1名程度入賞する。
3年前期:法規制を重視した商業施設の課題:建築CADの授業が3年前期から始まる。それまでは手描きの図面を作成する。
4年前期:外国人講師の招聘による課題:温泉を利用した地域の公共施設。過去においては外部展示・発表を実施した課題作品展示を行った。
4, 5年:高専のデザインコンペティションに出品。
5年:卒業設計(地域の課題解決をめざした公共施設)
-----【設計教育の課題】
・1年の最初の頃は教員側でスケジュールを細かに決め、課題への取組に対してきめ細かなサポートをする。学年があがるにつれて、教員による設定は少なくなる。すなわち、学生自らの力量・裁量で課題をまとめなければならないが、最近それができない学生が増えてきつつある。
・学生間の完成度のばらつきが顕著になってきた。
・教員の指示に従ってまじめに課題に取り組む学生はいるが、良い作品が少なくなってきているのが問題。
・途中でくじける学生が増えてくる。PBL型になると手がとまる学生もいる。

●松下聡(福井大学)<写真8>
-----【カリキュラム・課題】
 建築建設工学科:建築学コースと建設工学コースに分化。半分は土木分野のコースである。1年に“設計演習基礎第一”、2年前期に“設計演習基礎第二”、建築学コースでは2年後期から3年後期に至るまで“建築設計演習第一〜三”を行っている。“設計演習基礎”:製図の基礎の学習、単純な課題の取り組み。基礎的なところをきちんと理解してもらうことが教育方針。入学者は65名であるが、2年後期から設計を目指す学生は半分程度となる。3年では編入学もあり、設計を目指す学生はやや増える。“建築設計演習”:2014年度から3年後期科目は選択科目に変更される。小規模建築から大規模複合ビル、高層建築(31mを超えるビル)、木造建築、学校建築、現実の計画(プロポのあった公共建築を題材)等に取り組む。 2年前期で実施している基礎的な課題の例を紹介。簡単な平面図を渡し、公衆便所を設計する課題を提示。平立断を書かせる。また、設計演習関連科目(建築計画、建築史、環境、構造など)と連携している。
-----【教育環境・製図室】
 2003年に建築製図室の全面改修を実施した。設計教育のあり方を考え、どのような製図室を構築すべきかを考えた。当時、授業終了後に学生は直ぐに退室していた。製図室には製図板があるだけであり、製図室の一角に学生の模型が散乱している状況であった。製図室の改修にあたり、以前アメリカで見た製図室のレイアウトが大変参考になった。
東京大学:中庭空間を居室にして製図室となったという経緯がある。
Harvard Univ.:建物一つがデザイン学部。玄関を入ると展示スペース。製図室全体がオープンスペースとなっている。学生一人分のスペースが、大きめの製図板が1つとサイドテーブルが用意されている。
Univ. of Virginia: Harvardと同様に玄関入ると展示スペース。2フロア分が製図室。ただし汚い。各人に対して製図板と平机が用意されている。
Cornell Univ.:製図室を紹介。コンピュータを導入し、その場で作品のプロジェクタ投影が可能。Cornell の教員と話していると、製図や模型とPCの使用を同時にできる環境が必要という意見であった。
SOM in San Francisco(設計事務所):米国の大学の教員と話しているとすべてがPCではなく、製図も重要。
 以上を参考に、福井大学では製図台を撤去し、通常の平机の上に製図板を置き、多目的に使用できるシステムとした。
製図室に必要な機能とは。
・学生の製図作業、模型製作机、製図板
・コンピュータ利用、電源、ネットワーク
・課題説明・プレゼンテーション(スクリーン、ホワイトボード)の場所(どこでもプレゼン可能)
・展示:壁面全体がコルクボード
-----【今後の課題】
・能力別の授業、課題の検討(グループ分け、今年度から3年生の設計演習で導入)構造、環境に進む人に難しい設計課題を課す必要はないのではないか?
・社会の変化、ニーズ(学校建築、現実のコンペ課題、既存建築の改修)
・JABEE認定の建築、各種資格要件対応、等

●五十嵐啓(福井工業大学)<写真9>
-----【学科の紹介】
 2年前に学科再編があり、現在3,4年生は建築学科、1,2年生は建築学科と土木環境工学科が統合された建築生活環境学科、他にとデザイン学科の住環境デザインコースがある。建築学科は3コース(建築コース、建築設計コース、伝統木造建築コース)に分化。建築生活環境学科は3コース(建築技術設計コース、生活空間・まちづくりコース、環境防災コース)に分化。
建築生活環境学科の設計関連のプログラム紹介。
1年:造形基礎、製図法、CAD製図(建築に絞りにくい)
2年:本格的に建築を勉強。設計I、実務CAD I、設計II、実務CADII
3年:建築設計III, IV、生活空間まちづくり設計I, II
 卒業研究での設計作品の割合(設計を嫌がる学生が増えてきている)は、H18年度38.7%→H24年度21.4%となっている。思ったより減っていないがH18年度から比較すると半数近くになってしまっている。
-----【設計教育の取り組み】
教育目標:実社会で活躍できる人材の育成
本学は実社会を意識した教育を行ってきたが、その実社会が多様化しており、建築領域の拡大、環境、法律などが大きく変わり、大学側がついて行けているかが分からない。設計の指導については実務経験の豊かな教員を配置している。しかし、授業内容や課題の硬直化が心配となる。他大学の自由な発想を実感した。建築学科ができて50年ほど経過するが、本学出身の社会人が福井県における建築従事者として定着している。これからは建築・土木が合体し、建築・土木の枠組みを取り払った新しい着眼点を魅力にしていきたい。
教育方針:少人数教育、外部との交流
設計の授業では少人数教育を行っており、教員1名が10名程度の学生を指導する体制をとってきた。しかし、プロパーの教員だけではすべて対応するのは困難になってきていると感じている。福井大学、福井高専が傍にあるにも関わらず学生同士の交流があまりない。日本建築学会北陸支部福井支所の補助を受けて、3年生の課題の合同公表会と交流会を実施してきた。また、設計コンペへの応募や、福井大との設計コンペ合同勉強会を始めるなど、新しい潮流が始まっている。
設計環境:製図室
良い製図室ができていない。製図室の持つ力は大きいと感じている。また、設計製図室と作業室が分かれていない。製図室は授業で使用する必要もあり、個人用スペースを確保することができない。夜間作業する場合の管理を皆さんはどうしているのか?(教員は帰宅し、学生は残っている。管理に不安。)また、教員の研究室と製図室が離れていることが問題。教員の行動の中で学生との接触や指導が重要だが(デザイン学科はそれができている)。CADについては既にBIMを導入しているが、図面製作に充分活かされていない。コンピュータ能力の問題もある。
大学院進学:進学率の低さが問題。大学院進学へのインセンティブを明確に示すことができていないのが原因のひとつと思われる。
基礎教育としての設計:基礎教育として設計教育を位置付けているため、高いレベルを指向する学生への対応は教員の努力に負うところが多い。設計事務所が魅力的な就職先として映らないという問題がある。


-----【パネルディスカッション】-----


[進行]竹内申一(金沢工業大学)<写真10>
 はじめに、各教員による課題説明に関する概要を述べ、ディスカッションが始まった。

●後藤:椅子作りの説明をしたが、建築設計教育が何を求めるかについて金沢工業大学のやり方に共感している。環境のコンダクターのようなものを作りたいと思っている。先ほど大谷先生の話をしたが、ライブラリーセンター(金沢工業大学)の1階にキャンパスの粘土模型がある。最後の完成に至るまで粘土模型を自ら手を入れ、検討を加え、キャンパスの総体を作り上げた。あらゆることを考えながら一つにまとめ上げることを追求していた。身体感覚という話があったが、このような総合化のプロセスをどのように教育につなげていくかが課題であると思う。建築の総合化ということに対して、建築は全ての環境をコンダクターとしていろいろな技術者にイメージを共有化させる必要がある。その発想が間違っているか?

●蜂谷:社会では建築がコンダクターであると認識している。学生も意匠とか、構造とかいろいろ言うが、入学して間もないのに早期にその分野しか考えられないと言うのはおかしいと思う。しかし、状況を見ていると設計系が先導し、技術系が待っている状況。本来は両者が主導的であっても良い訳であり、大学院の授業では共同で調査をさせている。縦割りの感覚が大学3年までにでき上がってしまい、トータルで建築をプロデュースしようという感覚が失われてしまっている。実務ではコラボレーションがないと建築ができないので、修士1年の段階でもう一度技術の統合化を目指したいと考えている。

●貴志:設計教育はいろいろな視点からみてコンダクターであると考えるが、建築家でなくとも社会にとってこのような考え方は重要である。本学は少人数なので、スタジオ教育というか、逆に教員が積極的に学生のプロジェクトに参加することを考えているがなかなか実現しない。教員自体が縦割りになってしまっている。

●蜂谷:モジュール科目で最後にアーキテクトに講評をうけるが、公表会後の懇親会では「うちの大学ではまねができない」と口を揃えて皆が言う。金沢工業大学のようにあらゆる分野の教員が同一テーブルで討議することはできない。異分野の教員と話すと違ったアイデアも浮かぶことも刺激になるはずだと。

●後藤:金沢工業大学に共感している。構造、ランドスケープの教員も課題に向かって立ち向かう。教員によって考えていることが全然違うことを教えることも重要。

●竹内:当時からそのようなコラボレーションがあったのか?

●後藤:当時からあった。自分が事務所出身であるため、コラボがないと仕事が進まないことを熟知している。

●五十嵐:縦割りについては自分も強く感じる。土木の教員と話すようになったが、最初は躊躇した。学科再編は大手術であった。しかし、学生からしてみると、デザイン学科、建築学科(土木)の教員とプロジェクトを通じていろいろとお話しすることは刺激になり、楽しかったとの感想を抱いている。このような動きを期待していきたい。

●竹内:環境という側面には土木が必要である。3.11の後、縦割り(行政の)ために建築がうまく入り込めていない現状がある。縦割りを飛び越えて、環境・構造・土木との交流を深め、総合的に建築・環境を捉えることが重要である。

●後藤:価値観の多様性というが、いろいろな人の意見があるということ。それを持って初めてグローバリズムがあると考える。

●竹内:しかし、金沢工業大学では学生数が多いので多様なことを言うと学生が混乱するという事情もある。

●浦(金沢工業大学;フロア):設計の志望者が減ってきているといいながら、減ってきていることに対する原因を調べていないのでは?そこに設計の問題点があるのではないかと。一般庶民は建築に求めているものは内科のように総合的に見られる人。その点が乖離しているのでは?

●後藤:NHKの教育テレビで“総合診療医 ドクターG”(毎週金曜 午後10時〜10時50分)という番組がある。これを見ていると、症状から盲腸か心臓疾患なのかを単純に考えられない。ありとあらゆるものを候補に挙げ、全部チェックしながら盲腸という診断に行きつく。そのような専門性が医者には求められている。建築もそのようなものが必要。建築学を基本としながらも社会学、歴史学等を知る必要がある。学生に要求するものが多い。しかし学生はついて行けない。そこで脱落していってしまうのでは?最近の学生はあまりにものを知らない。

●松下:浦先生の前半の質問:設計離れに関して、能力別の教育を考えようと思っているのもそのような背景がある。毎年単位が取れず留年する学生がいる。以前は駄目な学生は何をやっても駄目という感じだった、今は製図の単位だけが取れずに留年している者がいる。毎年そのような学生がいる。本人は至って真面目。最後の詰めができない。そして提出遅れとなり、最終的に未提出に。これまでのように全員に同じ課題をやることは困難ではないかと感じている。そういう人に総合的なものを教えようとしても無理があると思われる。

●村田:設計離れは高専でも起きている。社会の多様化と学生の質がリンクしているのでは。多様化すると課題が複雑であり、解決の筋道も複雑である。ゆえに何をして良いか分からないと考えている学生が増えている。低学年から外の空気を取り入れるようにしている。行政・地域との連携において建築的に解決していくような設計課題の設定をしていく中で、社会における建築はこのようなものだと示して上げたい。

●竹内:建築の総合的なことを教えてくことが重要であると考える。能力別、プログラムの多様化などが必要になるのかもしれない。残念ながら残りの時間がなく、これにて散会したい。

以上