日本建築学会北陸支部広報誌 Ah!47号

■いきいきまちづくりシリーズ(新潟)

比礼カカシ・プロジェクト

上野 裕治
(長岡造形大学造形学部建築・環境デザイン学科 教授)



写真1
タマネギ・ジャガイモ・ニンジン



写真2 額縁を持つクマの4姉妹


写真3 生まれたての子馬


写真4 田を守る女神


写真5 逃げる犬、
犬に追われて逃げるウサギとタヌキ


□ カカシってなんだ?
 カカシは人の形で立っていて、さも農作業をやっているかのように見せかけ、鳥を追い払うのが目的であると一般的には思われている。しかし本当にそうだろうか?カカシとスズメ、カカシとカラスなど鳥や動物たちと仲の良い友達として童話にもたくさん出てくるし、宮崎駿監督の「ハウルと動く城」、海外作品では「オズの魔法使い」などで人々の友達として登場する。私も自分でカカシを立てて毎日見ていたが、カラスの子が飛び立つ練習台にはなっていても、鳥を追い払う役目があるとはあまり思えない。農家の人達と話してみても、昔から本当はカカシに鳥を追い払う効果があるとはほとんど思っていなかったようだ。またカカシは日本だけでなく、広くアジアやヨーロッパ大陸にだってあるらしい。
 それなのに、どうして昔からカカシは立てられてきたのだろうか? カカシの役目はいったい何なのだろうか? 日本の稲作農業の場合、田植え、稲刈りは親戚一同も参加して賑やかに作業を行うケースが多いが、イネの成育中の田の草刈り、畔の草刈りなどは孤独な作業だ。そんなときにカカシが立っていると、一瞬でもホッとする。要するに、カカシは「農作業の友」なのだと思う。であるならば、カカシはもっと自由であっていい。楽しいものであっていい。というわけで、比礼カカシ・プロジェクトのカカシたちは、楽しく物語性のあるカカシを学生たちと制作してきた(写真1〜5)。

□ 比礼カカシ・プロジェクトの特徴
 カカシ的な芸術作品は「越後妻有大地の芸術祭」でも存在する。また新潟県内はもとより日本中で「カカシ祭り」は行われている。良くあるカカシ祭りは、カカシ達を農村や沿道の一カ所に集めてみんなで評価し合うというようなスタイルが多いようだ。そんな中で、私たちの作成しているカカシの特徴は、実際に「農民の友」として稲作の期間中、田んぼの中に立っていて、農作業をする農民やそこを通る人々と語らってもらうとともに、地域住民と大学生との交流を念頭においていることだろう。
 学生たちは事前に現地を見学し、大学で余りものの木片を集めて制作する。あくまでもカカシであるから、お金はかけない。そこら辺にある材料で作る。そして集落センターの広場に持ち寄り、集落の皆さんが集まったところで30秒のプレゼンテーションを行い、その後一人3票の人気投票をしてもらう。商品は1等賞がカカシ米10kgで5等賞の1kgまである。アパート住まいの学生も多いから大人気だ。投票には子どもからお年寄りまで参加するので、国政選挙以上の投票率となる。そしてそれが終われば集落のご婦人方が作ってくれたおにぎりや豚汁を、山から取ってきた朴葉をお皿代わりにして食べる。何と贅沢なことだろう。
 カカシの設置は100%私の役目だ。学生たちが作ったどのカカシ(私も1セットは作る)をどこに設置するか。それはまさにランドスケープ・デザインの醍醐味と言って良い。カカシというプレーヤーが、棚田の中でどのように演じるか。それを決めるのが監督としての私の役目だ。

□ このカカシ・プロジェクトの意味
 このカカシ・プロジェクトは、2012年度「風景のRe-Design コンペ」(AACA日本建築美術工芸協会主催)にて優秀賞(芦原太郎奨励賞)をいただいた。今ある風景にちょっとひと味加えることで、その風景がぐっと美しく見える、楽しくなる、そんな活動やアイデアに与えられる賞だ。学生たちと作るカカシの効果は、このようなランドスケープ・デザインの実践とともに、学生たちが、田んぼの美しさやそこにいる生物を実際に見ること、そして農作業の苦労や田んぼの持つ湛水機能などを実感として感じることができるということが、とても重要だと感じている。
 このように、新たなカカシのある風景は、個性ある農村風景として集落の人々の誇りとなり、また学生だけでなく多くの都市住民にとっても農村への興味を喚起することになる。比礼カカシ・プロジェクトは、これからも毎年継続していくことで、新潟県を代表する魅力ある農村風景として育っていくことだろう。そしてどんどんほかの地域へも広がって欲しい。
 「トンネルを抜けたらカカシだらけだった・・・」いつの日か、そんな新潟県の農村風景になることを願っている。