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Vol.54 - 2016/04/01
《from 長野支所》
古い空きビルの使い方 

寺内美紀子/信州大学工学部建築学科准教授


□イベントまでの流れ
2016年2月20日に、「いえとビル_長野門前のまちとコミュニティ」と題し、建築家の塚本由晴氏による講演会、および不動産専門家の倉石智典氏を加えたシンポジウムを開いた(図1)。会場となったこおむらビルは長野で最も古いコンクリート造で、この数年はオーナーによる生地屋が1階で営まれる以外「空きビル」に近い状態であった。2015年の夏頃より、信州大学寺内研究室によるこおむらビル含め南石堂商店街の調査が始まり、「古いビルの空き室」再利用の重要性が指摘されていた。こうした流れから、オーナーの協力を得て、こおむらビルの新たな使い方について検討が進められ、もと機械室と休憩室であった4階を、イベント会場に改修した。
本稿では、こうした一連の経緯を中心市街地の再生に関する地域住民と大学研究室の連携による実験的試みと位置付け、以下にレポートする。


図1 チラシのデザイン(寺内研究室で制作)

□きっかけを待つ商店街
長野駅善光寺口にほぼ直結した南石堂商店街は、参道の入口にあたり、観光客にとっても地域住民にとっても交通の要点である。ただ、全国どの地方都市とも同様の老朽化・空洞化が長期にわたり、課題は多い。商店街振興組合から、大学の研究室を巻き込んで、大風呂敷ではない自分たちなりの将来像を描いてみたいという申し出を受けた。善光寺門前は古い木造の町家が残り、風致地区に指定されている地域もある。つまり、町並みが資源として認識され、それを元手にまちをつくろうという意思表示がなされている。そうした場所に比べると、南石堂商店街はもともとあった“いえ”が早々に“ビル”になり、大型店舗やオーナーハウス付き店舗、事務所ビルなどが混在した駅前商業地域であり、特徴を見いだしにくい。そうした中でも、古い区画割りや路地、小規模なビルが残存するこの地に対して、〈二面性〉〈あふれ出し〉〈不整形な土地〉というキーワードを報告し、意見交換するなかで、〈古いビルの空き室〉〈不整形な街区の駐車場〉〈小さなすき間/小さなへた地〉といった対象に着目することを提案した(図2)。マスタープラン的な手法からは最も遠い、小さな場所の発見と強調を群発していくことで、自分たちがつくり手となり、持続的に関われるまちづくりを目指すという方針に至った。


図2 最初のリサーチ“気になるところ”ピックアップ

□知ってはいるけど入ったことのないビル
その後、商店街振興組合に仲介して頂いて、古いビルの空き室の再利用や不整形街区ゆえのすきまや駐車場を使ったオープンスペースの提案などを、それぞれのオーナーに直接プレゼンテーションすることができた。案としては良い、けれど、資金調達をどうしようか、というところでどの案もペンディング状態となるなか、こおむらビルから、試験的に研究室で使わないかと誘われた(写真1)。そこで、まず、不要物を処分して一度からっぽにするというイベントを開き、研究室、振興組合総出で2tトラック7台分を処分した(写真2)。こおむらビルはRC造黎明期の建物であり、梁と柱はRCで壁はコンクリートブロックで作られている。もと社員食堂や従業員が寝起きする部屋などがあり、当時の業務の様子を窺うことができる。直角三角形の直角部分を欠いたような平面形状で三角形や台形の部屋がいくつもあり、個々に使うよりもビル全体を巡れるような企画が面白いのではと提案した。


写真1 ビルの外観、4階を改修


写真2 不要物をビルから出すところ

最終的には、機械室だったRCむき出しのところを集会スペースとして、スクリーンとステージを設け、できるだけ多くの観客席が設置できるよう壁を一部撤去し、それ以外は展示室、レセプションルームとした(写真3)。横にも縦にも人びとが流れるようにこおむらビルのなかを動く様をみて、室ごとにテナントに貸し出す従来のやり方とは異なる、こうした古いビルならではの使い方があると実感した。シンポジウムで塚本氏に言われた、場所それぞれのコンテンツが人間のふるまいを導き空間の意味を決定するという話をまさにこおむらビルでも証明するイベントになった。シンポジウムの参加者から次の申し出もあり、こおむらビルからの発信が始まっている。


写真3 シンポジウムの様子



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