熱・空気環境
東北大学大学院工学研究科
吉野 博
1.アカデミックスタンダードとは何か
アカデミックスタンダードとは、学会の立場で作成する規準類であり、@中立であること、A最新の学術的知見に基づいていること、B先見性があること、C世界的な水準との整合性が取れていること、D学会として合意が得られていること、等が要求され、行政規準、技術団体の規準類の基礎として参照され、利用されることが必要である。
ここで、規準類とは、学術委員会がまとめた「本会の規準・仕様書のあり方について」によれば、基準、規準、仕様書、指針、啓蒙書を指しており、「論文集・技術報告集やシンポジウム、国際雑誌などの論文の成果を、特定分野の専門家でなく一般の技術者の理解できる内容にとりまとめた」啓蒙書も含めている注1。従って、この定義によれば、学会の出版物はすべて規準類ということになってしまうので、ここの議論では学術委員会による「基準」、「規準」、「仕様書」、「指針」をアカデミックスタンダードとしての規準類として考えることとする。
2.アカデミックスタンダードの種類と内容
アカデミックスタンダードは、建築行為としての一連の流れ、即ち企画・設計段階から施工、使用、廃棄段階まで、各段階で利用されるものであり、その内容は基準値、性能グレード、計算法、施工法、測定法、評価法など様々な形態が想定される。表1には、建築行為の各段階におけるアカデミックスタンダードの内容を示しており、企画・設計の段階では、目指すべき環境をどこにおくかという性能のグレードや基準値、或いはその環境性能をどのように実現すべきかを検討する際に利用される計算法が考えられる。また、建設時には断熱・気密・防露などの施工法、完成時は各種の完成検査法が必要である。また、建物の使用時には、総合的に環境性能を評価するための調査法、各種の環境測定法、評価基準が必要となるであろう。
表1
建築行為の段階とアカデミックスタンダードの内容
建築行為の段階 |
アカデミックスタンダードの内容
|
企画・設計 |
性能値(グレード、基準値)
計算法(簡易計算、詳細計算、CFDなど) |
建設時 |
施工法(断熱施工、気密施工、防露施工) |
完成時 |
完成検査、試験法(熱損失係数、気密性能、風量測定、換気量意測定など)
|
建物使用時 |
各種物理量の測定法アンケート調査法評価基準(エネルギー消費量、室内温度・湿度、空気質など) |
3.住宅の環境性能項目と熱・空気環境に関わるアカデミックスタンダード
アカデミックスタンダードを考える際に基本となるものが性能である。性能とは機能を発揮すべき能力ということであり、住宅についていえば、安全性、衛生性、快適性、効率性、耐久性などである。表2に住宅の環境性能に関わる項目を示す。ここでは環境性能を居住環境の構成要素別、即ち、室内環境、シェルター、設備、屋外環境、エネルギー消費の5つに分類し、それらをさらに性能大項目と小項目に別けて示す。環境工学において最も上位の性能は室内環境であり、安全、衛生、快適なな室内環境を明確に規定した上で、エネルギー消費量を拘束条件として、その環境を効率よく実現するために、外部の環境条件に対応した必要かつ適切なシェルター性能、設備性能を規定することが必要となろう。
今日の地球環境時代における熱・空気環境の分野では特に健康性・快適性と効率性(省エネルギー性能、CO2の発生が少ないこと)が要求され、その面から表2に示すように室内熱・空気環境では温度、湿度、上下温度差、グローブ温度、ドラフトなど、空気環境では各種の空気汚染濃度の許容値など、シェルターでは断熱、気密、通風、日射取得、日射遮蔽などの性能、設備では暖冷房設備の吹き出し温度、輻射表面温度、換気設備の換気回数、換気効率など、エネルギー消費では、暖房・冷房用エネルギー消費量などがアカデミックスタンダードとして必要であろう。
但し、例えば室内温度と一口でいっても、室の用途や居住者によって要求性能は異なるし、最高温度、最低温度を示すかどうか、また、それらの値が最低基準なのか、推奨基準なのか、目標基準なのかといったことをアカデミックスタンダードを定める際に議論して決める必要がある。
また、それらの室内環境の性能に対応して、表1に示したように、測定法、施工法、検査法、計算法なども用意することが必要である。
一方、熱・空気・光・音などの室内環境に関する各項目は,性能値としては互いに独立しているが,建物を設計する立場から考えると,各項目は互いに関連しており同時に検討しなければならない。具体的には,建物の断熱・気密性の向上のために開口部について検討する場合には同時に採光性や遮音性も考慮しなければならない。従って、各項目の性能を設定する際には項目間の相関性についても配慮することが必要である。
更に、屋外の環境に関しては都市化によって環境が改変されて居住環境として許容されない場合や外気として利用できない場合には、それらの基準も必要になろう。
表2 住宅の環境構成要素別の性能項目
居住環境要素 |
性能大項目 |
性能機能小項目 |
基準などの有無 |
評価方法の有無注1) |
1. 室内環境 |
1.1 熱環境 |
(1)用途別室温(暖房期、冷房期) |
× |
○ |
(2)室内湿度 |
× |
○ |
(3)暖房時最低室温 |
× |
○ |
(4)上下温度差 |
○(ISO) |
○ |
(5)グローブ温度 |
× |
○ |
(6)ドラフト |
× |
○ |
1.2 空気環境 |
(1)室内空気汚染濃度の許容値 |
○(空衛学会) |
○ |
1.3 音環境 |
(1)残響時間 |
× |
○ |
(2)吸音率 |
× |
○ |
1.4 光環境 |
(1)照度 |
○(JIS) |
○ |
(2)照度分布 |
○(JIS) |
○ |
(3)輝度分布 |
○ |
○ |
1.5 心理 |
(1)開放感 |
× |
○ |
(2)安心感 |
× |
× |
1.6 防露性能 |
(1)表面温度 |
× |
- |
(2)断熱性能 |
○(省エネ基準) |
○ |
(3)露点温度 |
× |
- |
2. シェルター機能 |
2.1 遮断性能 |
(1)断熱性能 |
○(省エネ基準) |
○ |
(2)気密性能 |
○(省エネ基準) |
○ |
(3)遮音性能 |
○(JIS) |
○ |
(4)床衝撃音性能 |
○(JIS) |
○ |
(5)日射遮蔽性能 |
○(省エネ基準) |
○ |
2.2 採入性能 |
(1)昼光率 |
○(JIS) |
○ |
(2)太陽熱利用率(日射取得性能) |
× |
○ |
(3)通風性能(通風率) |
× |
○ |
(4)窓面積 |
○(建基) |
○ |
2.3 空間性能 |
(1)1人当たり床面積 |
○ |
- |
(2)天井高さ |
○(建基) |
- |
(3)床の段差 |
○ |
- |
3. 設備 |
3.1 暖房設備 |
(1)温度分布 |
○(ISO) |
○ |
(2)吹出温度 |
× |
× |
(3)表面温度 |
× |
× |
(4)熱効率 |
× |
○ |
(5)燃焼器の衛生性 |
× |
○ |
3.2 冷房設備 |
(1)温度分布 |
× |
× |
(2)表面温度 |
× |
× |
(3)熱効率 |
× |
× |
3.3 換気設備注1) |
(1)各室新鮮空気導入量 |
× |
○ |
(2)住宅全体の換気量 |
○(省エネ基準) |
○ |
(3)各室換気効率 |
× |
○ |
(4)廃棄捕集効率 |
× |
○ |
3.4 厨房設備 |
(1)熱効率 |
× |
○ |
3.5 給水設備 |
(1)給水栓数 |
× |
- |
3.6 給湯設備 |
(1)給湯栓数 |
× |
- |
(2)出湯までの時間 |
× |
○ |
(3)給湯能力 |
× |
○ |
(4)給湯温度 |
× |
○ |
(5)給湯圧力 |
× |
○ |
3.7 排水設備 |
(1)排水栓数 |
× |
- |
3.8 照明設備 |
(1)照度 |
○(JIS) |
○ |
3.9 電気設備 |
(1)コンセント数 |
× |
- |
(2)電気容量 |
× |
- |
4. 外部環境(自然環境・社会環境) |
4.1 自然環境注2) |
(1)大気汚染濃度 |
○(環境基準) |
○ |
(2)都市の通風環境 |
× |
× |
(3)ヒートアイランドによる夏の温度上昇 |
× |
× |
(4)騒音レベル |
○(環境基準) |
○ |
(5)臭気強度 |
○(環境基準) |
○ |
4.2 社会環境注3) |
(1)建蔽率 |
○(建基) |
- |
(2)容積率 |
○(建基) |
- |
5. エネルギー消費 |
5.1 エネルギー消費量 |
(1)ライフサイクルエネルギー |
× |
○ |
(2)住宅全体の年間エネルギー消費量 |
× |
○ |
(3)暖房用エネルギー消費量 |
× |
○ |
(4)冷房用エネルギー消費量 |
× |
○ |
(5)給湯用エネルギー消費量 |
× |
○ |
(6)厨房用エネルギー消費量 |
× |
○ |
(7)その他用エネルギー消費量 |
× |
○ |
(8)給水量 |
× |
○ |
5.2 CO2排出 |
(1)ライフサイクルCO2 |
× |
○ |
5.3 自然エネルギー利用 |
(1)太陽熱利用率 |
× |
○ |
(2)太陽光利用率 |
× |
○ |
(3)自然エネルギー利用率 |
× |
× |
(4)雨水利用率 |
× |
× |
(5)未利用エネルギー利用効率 |
× |
× |
5.4 省エネルギー率 |
× |
× |
4.学会におけるスタンダードの整備状況
日本建築学会、空気調和衛生工学会において、熱・空気環境に関連した規準類として既に整備されているものは、以下の通りであり極めて少ないのが現状である。
1)日本建築学会
・建築工事標準仕様書・同解説JASS24断熱工事(1995.2)
2)空気調和衛生工学会
・HASS102:換気規準・同解説(1997.9)
室内空気を清浄に維持するための方法が示されており、具体的には室内空気汚染濃度の基準値、必要換気量の計算方法、換気計画の方法、施工の指針などが規定されている。表3に室内空気汚染濃度の基準値を示す。
表3 室内空気汚染濃度の基準値
(a)総合的指標としての汚染質と設計基準濃度
汚染質 |
設計基準濃度 |
備 考 |
二酸化炭素 |
1000ppm |
ビル管理法の基準を参考とした。 |
(b)単独指標としての汚染質と設計基準濃度
汚染質 |
設計基準濃度 |
備 考 |
二酸化炭素 |
3500ppm |
カナダの基準を参考とした。 |
一酸化炭素 |
10ppm |
ビル管理法の基準を参考とした。 |
浮遊粉塵 |
0.15mg/m3 |
(同上) |
二酸化窒素 |
210ppb |
WHOの1時間基準値を参考とした。 |
二酸化硫黄 |
130ppb |
WHOの1時間基準値を参考とした。 |
ホルムアルデヒド |
80ppb |
WHOの30分基準値を参考とした。 |
ラドン |
150Bq/m3 |
EPAの基準値を参考とした。 |
アスベスト |
10本/l |
環境庁大気汚染防止法の基準を参考とした。 |
総揮発性有機化合物(TVOC) |
300μg/m3 |
WHOの基準値を参考とした |
・HASS112:冷暖房熱負荷簡易計算法(1993)
冷暖房熱負荷を簡易に求める計算法についての規準
その他、日本建築学会・環境工学委員会・空気運営委員会・風環境小委員会(主査:村上周三)が委員会の研究成果を刊行物「都市の風環境評価と計画―ビル風から適風環境までー」1)にまとめているが、その中の表4に示す村上らの強風の発生頻度に基づく風環境評価基準が東京都環境影響評価技術指針2)等に取り入れられており、学会活動の成果が行政規準として用いられた例の一つである。
また、建築学会の規準類として認められているものではないが、高齢者生活熱環境研究会が表5に示す「高齢者・身障者に配慮した住宅熱環境評価の基準値」を作成注2しており、学会で編集した「高齢者のための建築環境」3)などで公表しているが、これは大事な規準の一つであり、早い機会に学会の規準として認められるような方向に進むことが望まれる。
表4 風速出現度に基づく風環境評価尺度
強風による 影響の程度
|
対応する 空間用途の例 |
評価する強風のレベルと 許容される超過頻度 |
日最大瞬間風速(m/s) |
10 |
15 |
20 |
日最大平均風速(m/s) |
10/G.F |
15/G.F |
20/G.F |
ランク 1 |
最も影響を受けやすい用途の場所 |
(住宅商
|
地の 店街) |
(野外ト
|
レス トラン) |
10% (37日) |
0.9% (3日) |
0.08% (0.3日) |
2 |
影響を 受けやすい 用途の場所 |
(住宅
|
街) |
(公
|
園) |
22 (80) |
3.6 (13) |
0.6 (2) |
3 |
比較的影響を受けやすい 用途の場所 |
(事務
|
所街) |
(繁
|
華街) |
35 (128) |
7 (26) |
1.5 (5) |
表5 高齢者・身障者に配慮した住宅熱環境評価の基準値
一般
|
居間・食堂団欒・食事 |
寝室 睡眠
|
台所 家事 |
廊下 移動 |
風呂・脱衣所着替え |
便所 |
備考 |
冬期 |
21±3deg |
18±3 |
18±3 |
18±3 |
24±2 |
22±3 |
1.4〜0.7clo |
中間期 |
24±3 |
22±3 |
22±3 |
22±3 |
26±2 |
24±2 |
0.7〜0.5clo |
夏季 |
27±2 |
26±2 |
26±2 |
26±2 |
28±2 |
27±2 |
0.5〜0.2clo |
注1)寝具(冬:ふとん+毛布〜ふとん、夏:夏掛+タオル〜なし、家事(3met) |
老人
|
居間・食堂団欒・食事 |
寝室 睡眠
|
台所 家事 |
廊下 移動 |
風呂・脱衣所着替え |
便所 |
備考 |
冬期* |
23±2deg |
20±2 |
22±2 |
22±2 |
25±2 |
24±2 |
1.4〜0.7clo |
中間期 |
24±2 |
22±2 |
22±2 |
22±2 |
26±2 |
24±2 |
0.7〜0.5clo |
夏季 |
25±2 |
25±2 |
26±2 |
26±2 |
28±2 |
27±2 |
0.5〜0.2clo |
注1)寝具(冬:ふとん+毛布〜ふとん、夏:夏掛+タオル〜なし、家事(2met) |
2)冬期(*印欄)および夏季の居間、寝室は一般と異なる。 |
身障者
|
居間・食堂団欒・食事 |
寝室 睡眠
|
台所 家事 |
廊下 移動 |
風呂・脱衣所着替え |
便所 |
備考 |
冬期 |
23±3deg |
20±2 |
22±2 |
22±2 |
25±2 |
24±2 |
1.4〜0.7clo |
中間期 |
24±3 |
22±2 |
22±2 |
22±2 |
26±2 |
24±2 |
0.7〜0.5clo |
夏季* |
25±2 |
25±2 |
25±2 |
25±2 |
27±2 |
25±2 |
0.5〜0.2clo |
注1)寝具(冬:ふとん+毛布〜ふとん、夏:夏掛+タオル〜なし、家事(3met) |
2)夏期(*印欄)の居間、寝室以外は「老人」と異なる。 |
5.行政団体、技術団体における規準類
行政団体・技術団体における熱・空気環境に関連した規準類としては様々なものが作成されている。
社会的に最も影響力が大きいのは、いわゆる省エネルギー法(住宅に係わるエネルギーの使用の合理化に関する建築主の判断の基準)であろう。この法律は今年3月に改正された。改正された省エネルギー法では、従来の熱損失係数の上位規定として、年間の暖冷房負荷の基準値が地域別に定められており、暖房・換気設備の設計指針についても詳細に示されている。この法律は、(財)住宅・建築省エネルギー機構の中に設けられた委員会で原案が作成され、最新の学術的な成果が盛り込まれており、アカデミックな色彩の強い基準であるといえるが、あくまでも、その時代背景を踏まえた基準である。この基準に対応したアカデミックスタンダードを考えるとすれば、それは一つの基準値ではなく、最低基準、推奨基準、目標基準などがグレードとして表示されており、解説の付いたより普遍的な形が想定される。
また、(財)建材試験センターでは、かつて住宅性能の各種試験法に関するJIS原案の作成作業が行われたが、最終的にJISとはならず、建材試験センター規格としてそれらが残されている。熱・空気環境の関連では表6に示すような規格が整備されており、これらの規格は、作成した主体は技術団体であるが、アカデミックスタンダードに近いものと考えられる。
表6 建材試験センター規格(住宅の熱・空気環境関係)
換気・給湯・冷暖房・ソーラー等の空調設備 |
建築物の性能及び性能関係 |
JSTM
V6151 -1992 |
床暖房時室内熱環境の測定方法通則 |
JSTM X6153
-1992
|
暖房設備の暖房効果測定のための室の暖房用総熱損失係数測定方法
|
JSTM
V6152 -1992
|
暖房設備の暖房効果測定のための室内熱環境の 測定方法通則 |
JSTM X6253
-1992
|
隙間の相当開口面積の測定方法 |
JSTM
V6251 -1992
|
住宅用レンジフードの排気捕集率の測定方法 |
JSTM X6254
-1992
|
建物内2室の相互換気量測定方法(2トレーサ
ーガス法)
|
JSTM
V6252T-1992 |
集合住宅の共用排気設備の排気性能検査方法 |
JSTM X9271
-1992 |
住宅の期間冷暖房負荷簡易計算法
|
JSTM
V7001 -1992
|
太陽集熱器の信頼性試験方法 |
JSTM X9272
-1992 |
住宅の期間暖房負荷簡易計算法
|
JSTM
V7305 -1992
|
太陽熱給湯システムの凍結防止性能試験方法 |
JSTM X9274
-1992
|
住宅の熱負荷計算のための生活時間行程 |
JSTM
V9103 -1992
|
住宅用給湯設備システムの熱効率試験法 |
|
JSTM
V9104 -1992
|
住宅用温水暖房設備システムの熱効率試験法
|
JSTM
V9105T-1992 |
住宅用冷房設備システムの熱効率試験法 |
JSTM
V9106 -1992 |
太陽熱給湯システムの利用熱量試験方法
|
JSTM
V9151 -1992 |
住宅用中央暖房設備の検査通則
|
JSTM
V9154 -1992 |
住宅用中央冷暖房設備の熱量測定方法
|
JSTM
V9273 -1992
|
住宅用太陽熱利用給湯システムの性能を予測するための時間別標準給湯使用量 |
JSTM
V9275 -1992
|
強制循環形太陽熱給湯システムの利用熱量の計算法
|
JSTM V9276
-1992 |
太陽熱暖房給湯システムの利用熱量の計算方法
|
また、ASHRAE(米国暖房冷凍空調協会)ではStandardの作成が活動の大きな柱の一つとなっており、今までに多くのStandardが作成されてきた。 熱・空気環境の関連では表7に示すようなStandardが既に出来ている。ASHRAEではStandardの作成を目的として研究プロジェクトが申請され、認められれば研究費が与えられる。従って、ASHRAEの研究活動は最終的には、すべてStandardとして結実するといっても過言ではない。それらの基準は、必要に応じて州の基準として取り入れられ、社会的にも高く評価されている。このようなASHRAEの在り方は多いに参考すべきであろう。
表7 ASHRAE
Standards (住宅の熱・空気環境関係)
1)
Standard 129-1997 - Measuring Air Change Effectiveness
2) Standard 100-1995 -
Energy Conservation in Existing Buildings
3) Energy Code for New
Low-Rise Residential Buildings based on ASHRAE 90.2-1992
4) Standard 62-1989,
Ventilation for Acceptable Indoor Air Quality (ANSI approved)
5) Standard 136-1993 - A
Method of Determining Air Change Rates in Detached Dwellings (ANSI
approved)
6) Standard 119-1988
(RA-94) - Air Leakage Performance for Detached Single-Family Residential
Buildings
(ANSI approved)
7) Standard 113-1990 -
Method of Testing for Room Air Diffusion (ANSI approved)
8) Standard 111-1988 -
Practices for Measurement, Testing, Adjusting and Balancing of Building
Heating,
Ventilation,
Air-Conditioning and Refrigeration Systems (ANSI approved)
9) Standard 105-1984 (RA
90) Standard Methods of Measuring and Expressing Building Energy
Performance
(ANSI approved)
10) Standard 90.2-1993 -
Energy-Efficient Design of New Low-rise Residential Buildings and User’s
Manual
11) Standard 58-1986 (RA
90) - Method of Testing for Rating Room Air Conditioner and Packaged
Terminal Air
Conditions
Heating Capacity (ANSI approved)
12) Standard 55-1992 -
Thermal Environmental Conditions for Human Occupancy (ANSI approved)
13) Standard 41.1-1986-(RA
91) Standard Method for Temperature Measurement (ANSI approved)
14) Standard 16-1983 (RA
88) - Method of Testing for Rating Room Air Conditioners Packaged Terminal
Air
Conditioners (ANSI approved)
|
6.検討課題と今後の方針(アカデミックスタンダードを整備していくための手続き)
学会においてアカデミックスタンダードを整備していくことの必要性については言うまでもないが、問題なのは、社会的に要求されている規準類が学会とは別の団体で作成されていることであり、環境工学の分野では残念ながら学会が主導的に規準類を整備しているという状況ではない。この点を改善していくためには以下のような方策が必要である。
(1) アカデミックスタンダードとして必要な規準類の洗い出し
第一の作業はアカデミックスタンダードとして必要な規準類を洗い出すことである。基本的には表1、表2に示すような項目が必要であろう。その中で、新たに作成すべきものと既にあるものとを明確に別け、他の団体における規準類で既に作成されているものについては内容によっては学会として追認することも有り得るであろう。
(2) アカデミックスタンダードの基本原則の確立(基準の定め方,考え方)
先にも述べたように、アカデミックスタンダードは最低基準なのか,推奨基準なのか、目標基準なのか,という問題がある。熱、空気、音、光などの環境の要素にも関係するが、そらが安全性や健康性に関わる環境性能である場合には、HASS102のように許容値として、ある限界の値で示すことが必要であろう。また、快適性に関わる範囲の問題であるならば、グレードとして示し、他の環境要素や地域性、或いは社会的文化的背景を考慮して選ぶことができるように解説を示しておくという方法が考えられよう。室温を例に取れば、健康を維持するうえでの許容範囲と、多くの人が快適と判断するいわば最適値を基にして、その間を何段階かのグレードで表示する。また、シェルター性能に関しては、数字をグレードで表示し、解説を加えることが適切であろう。例として、熱環境とそのシェルター性能に関するグレードを表8に示す。
また、建築の設計者の立場から考えると,どの様な環境が設計され実現されたのかが重要である。即ち、設計され実現された建物の環境がどの位の水準にあるのか,あるいは最低のレベルをクリアしているのかについての判断材料としてアカデミックスタンダードが使用されることが望ましい。
表8 東北地方の住宅性能ランク
ランク |
|
A |
B |
C |
D |
E |
備考
|
イメージ |
北海道の 高断熱住宅並 |
国の省エネ基準T地域(北海道) |
国の省エネ基準U地域(青森・盛岡・秋田) |
国の省エネ基準V・W地域(宮城・東京など) |
D以下
(既存住宅の大部分) |
|
熱損失係数K (kcal/m2h℃) |
<2.0 |
2.0〜3.0 |
3.0〜4.0 |
4.0〜5.0 |
5.0< |
|
気密性能相当開口 面積αA(cm2/m2) |
<1.0 |
1.0〜2.0 |
2.0〜4.0 |
4.0〜10.0 |
10.0< |
窓の熱貫流率 (kcal/m2) |
<2.5 |
2.5〜3.0 |
3.0〜4.0 |
4.0〜5.0 |
5.0< |
|
暖房方法 |
全室連続暖房 |
全質間欠暖房 |
居室部分 間欠暖房 |
部分 間欠暖房 |
部分 間欠暖房(開放ストーブ+電ごたつ) |
|
換気方法 |
集中換気 熱交換器付 |
各室換気扇 熱交換器付 |
各室換気扇 |
換気高 |
換気は特になし |
|
上下温度差 (床上1mと 5cmの差1-℃) |
<2 |
2〜4 |
4〜6 |
6〜8 |
8< |
外気温が日平均値0℃ 暖房室温20℃場合 |
明け方の 最低室温(居間1-℃) |
15< |
12〜15 |
9〜12 |
6〜9 |
<6 |
だんらん時 |
寝室 |
18< |
15〜18 |
12〜15 |
8〜12 |
<8 |
便所・廊下 |
18< |
14〜18 |
10〜14 |
5〜10 |
<5 |
(3)アカデミックスタンダードを整備していくための体制作り
学会として規準作りを進めるための環境や体制を整備していく必要である。例えばASHRAEのような規準作りを学会活動の目的の一つとして明確にし、そのための委員会組織をつくる。例えば出版委員会に対応するような規準作成のための企画委員会を作る。そこで、スタンダードとして整備すべき内容を検討したり、今までの活動の成果としてアカデミックスタンダードになりうるものを検討する。また、アカデミックスタンダードとしての合意形成の方法を検討する。
さらに、規準・仕様書の策定に対するインセンティブを持たせるように、そのことが業績に繋がるようなしくみを考えることも必要であり、作成のために必要な研究費を用意することなども必要ではないだろうか。
(4)その他
住宅の性能規定あるいはアカデミック・スタンダードが確立されたとしても,これを利用する設計者や建築主に情報が広く公表され,その価値が正しく理解され利用されなければ意味がない。そのためには,基準作成のみならずマニュアルのような普及書の作成が必要である。確立された性能規定やアカデミック・スタンダードがどの程度利用されどの様な設計がなされているのか,あるいは実際の居住環境においてどの様な効果が得られたのかに関する検証システムの環境作りを学会レベルで整備することが重要である。この様な蓄積が基準の見直しなどにおいて重要になってくるであろう。
7.おわりに
アカデミックスタンダードについて、熱・空気環境の面から整備すべき項目、関連の規準類の現状、今後の方針について述べた。今まで、環境工学の分野ではアカデミックスタンダードを作成する努力を怠っていたことを反省し、学会での委員会活動の成果はすべてアカデミックスタンダードとしてまとめ、社会的に発信すべきであるという姿勢で今後の学会活動に係わって行く必要がある
文献
1)日本建築学会「都市の風環境評価と計画―ビル風から適風環境までー」、丸善、1993.3
2)東京都環境保全局「東京都環境影響評価にかかわる技術指針」1981.8
3)日本建築学会編「高齢者のための建築環境」彰国社、1994.1
4)吉野 博:東北住宅性能研究会の実験住宅、その概要と計画、(株)日本建設新聞社「豊かなすまいづくり」、第42集
注
1)学術委員会:「本会の規準・仕様書のあり方について」(1998.12.14)では、規準類として以下のような分類定義を提案している。
・基準(Standard):基本的な枠組みを示し、性能の大枠の種類ごとに評価法、設計法を明らかにする。
・規準(Code of practice):基準を満たすための技術体系を記したもので、現段階の学術・技術の水準によってまとめたもの。
・仕様書(Specification):性能に対応する具体的な仕様を定めたもの。
・指針(Recommendation):規準や仕様書と同等に学術・技術として確立した成果にのっとるが、具体的内容の取り扱いが、他の規準類(行政規準や技術団体の規準)の存在を前提として、より高度で新しい学術・技術の展開を方向付けたものを指針と呼ぶ。
・啓蒙書(State of arts):出版物としては、いろいろな名称で出される。「考え方」、「技術の現状」、「マニュアル」、「規準案」なども含めて、論文集・技術報告集やシンポジウム、国際雑誌などの論文の成果を、特定分野の専門家でなく一般の技術者の理解できる内容にとりまとめたもの。
2)高齢者生活熱環境研究会:川島美勝(代表)、栃原裕(幹事)、瓜生芳樹、大中忠勝、大平通泰、大森政市、長田泰公、小滝一正、梶井宏修、金子佳代子、久慈るみ子、後藤滋、佐藤忠、高橋裕治、徳田哲男、増田順子、松岡脩吉、吉田燦
|