14回安全計画シンポジウム(建築計画委員会・安全計画小委員会)

建築の安全性を考える その4

人にやさしい建築とは:集合と安全の視点から

 標記シンポジウムが、建築計画委員会安全計画小委員会の主催で、2000310()、川崎市立川崎病院講堂において開催された。司会は志田弘二(名古屋市立大学)が行った。参加者は60名であった。

 なおシンポジウム(15:3017:30)に先立ち、一条氏(川崎病院)、上田氏(川崎市)、桑野氏(日本設計)による案内で、同病院の見学会(14:0015:20)を行った。

趣旨説明:富松太基(日本設計)

 当小委では過去3年にわたり「集合と安全」をテーマにシンポジウムを行い、「集合」に潜む問題点の洗い出しをしてきたが、その中で、「避難弱者」の存在が大きな問題として認識された。そこで今回は、避難弱者が多く存在する病院の見学会を企画した。またシンポジウムでは、「人命リスク」、「病院の火災安全計画」、「法的な問題」等さまざまな面から、避難弱者のいる空間で、特に火災時に安全に避難できること、普段から安心していられること等について議論し、その問題を明らかにし解決策を探る場としたい。またこれを含めて4回のシンポジウムをまとめると同時に、実例と性能規定化の流れも紹介する形の出版を企画していることも付け加えたい。

(1)私たちが遭遇するリスク:(辻本誠/名古屋大学)

 人間社会の能力分布は同じ形を維持する(ホメオスティシス)のではないか、老人の能力が(社会システム側のサポートも含めて)上がったので、高齢化社会になったと考えた方が現状としては分かり易いのではないかと考える。死亡率及び死因に関する国内における1965年〜1995年の統計データを、年齢別・性別に整理したところ、死因の9割が疾病で不慮の事故は1割以下であること、死亡率(総数)は年々減じてきているが癌による死は減じていないこと、貧富の差も死亡率に関連していることが窺われること等がわかった。また建物用途別の火災による死亡率の変遷を調べると、1970年以前は病院における火災で死亡する率が高かったが、種々の対策が講じられたことにより、死亡率は年々減じてきていること、住宅における死亡率にはほとんど変化がないこと等もわかった。

(2)わかりやすい病院 川崎市立川崎病院(桑野隆司/日本設計)

 数多くの病院を設計してきたが、わかりやすい病院を造ることが重要であると認識している。本病院では、ホスピタルストリート及び外来アトリウムの適切な配置、色によるウェイファインディング等の手法を用いている。また、ベッド搬送用のサービス用エレベーターを非常用エレベーターと同等の機能を有するものとし避難救助用としている点も大きな特徴である。

(3)「避難弱者」とハートビル法の今後(古瀬敏/建設省建築研究所)

 先週、タイでESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)の障害者・高齢者にやさしいまちづくり研修に参加した。参加総勢60名程度、うち障害者20数名。宿泊するホテルで、もし火災が発生したら、バスで郊外へ移動している最中に交通事故が発生したら、等を考えると不安になった。最近、バンコクには高架新交通ができたが、約20ある駅のうちエレベーターがあるのは5つで、しかも利用するには連絡が必要であり問題があること等を感じた。翻って日本では、ハートビル法に避難安全に関する記述がないことは問題であるが、交通バリアフリー法が上程されたこと、改正建築基準法施行令で階段に手摺の設置が義務づけられたこととエレベーター扉の数の制限が撤廃されたこと等、評価できるものも出てきている。設計者には、計画のごく初期の段階から考慮してもらいたい。誰もが必ず歳を取るのだから、今後は、「障害者」より「高齢者」をキーワードとした方が当事者意識が持てるのではないだろうか。

(4)「人にやさしい建築」の理想と現実(吉村英祐/大阪大学)

 ハートビル法は対象外のものが多い。福祉のまちづくり条例はハートビル法より広範囲を対象としているが、日常利用するコンビニ、ファミリーレストラン等は対象外となっている。また、法に準拠していれば人にやさしい建築になるわけでもなく、障害者用の部屋が最も避難しにくい場所に計画されたホテル(その後、安全な場所に計画変更されたが)もある。一方、1フロアを4つの防火区画に分割した病院のように、比較的良く計画された例もある。下肢障害者が不安を感じることが多い空間としては、地下、百貨店、駅等が挙げられ、希望する避難施設は、バルコニー、屋外スロープ、一時待機スペース等である。日常安全性という視点からは、側壁も手摺りもない階段、世界一長いエスカレータ(停止したら危険)、境がわからない池等が、デザイン重視で造られてしまう例スライドで紹介した。

討論

 佐藤(鹿島)が、見学した川崎病院は工事中の部分と使用中の部分が混在しているが動線の交錯はないか、と質問し、桑野が、交錯はしないように計画した、約30mのキャンティレバーになっているのは動線の交錯を避けることも大きな要因となっている、と回答した。矢代(清水建設)は年間約1200人が火災で死ぬ(1200人しか火事で死なない)ということは、火災より住宅事故を防ぐことの方が重要なのか、これに対する考え方が人にやさしい建築に通じると質問した。辻本は「やさしい」というのは、分かり易いこと、他人に迷惑をかけないことであろうと述べた。また、現在が高齢社会とは思っていない、高齢者とは65歳以上なのか、75歳以上位でも良いのではないかと述べたのに対し、古瀬が、Healthy Young Adultのみを対象としている物理環境下で、高齢者が生きることを強いられることは大きな問題であると反論した。また、ユニバーサルデザインという観点からは、良いデザインは、安全、Accessibility、持続可能性、価格妥当性、使い勝手等と関係付けられようが、これらのうち、安全性については規制をかけなければ実現されない分野であろうと述べた。青柳(日揮)は、誘導ブロックは病院には好ましくないと考えるとし、古瀬が視覚障害者誘導ブロックは、警告と誘導の両機能を期待しているために中途半端になっていること、目立たない色にしている場合が多く問題であること、必要としていない人には邪魔にならない配慮が必要であること等を指摘した。また、桑野はサービス(ソフト)で補完することにより誘導ブロックを設けないことも可能で、実績もあることを述べた。志田の救助エレベーターは消防活動上の支障はないかとの質問に対しては、桑野が、別に非常用エレベーターを設けているので問題ないと回答した。また、上田(川崎市)が全周バルコニーを設置し、外からアプローチできるようにしていることも紹介した。辻本の加圧防煙エレベーターは危険ではないか、エレベーターで全体を救うには容量が足りないだろうとの意見には、桑野が、ベッド搬送で一時滞留スペースへ避難すること、全ての人をエレベーターで避難させることは想定していないことなどを説明した。吉村が、一時待機スペース、特別避難階段附室等を容積率緩和の対象とするのはどうかという提案については、桑野が賛成であること、古瀬が、皆が提案すれば法は変えられるはずであること等の意見を述べた。

まとめ:矢代嘉郎(清水建設)

 本シンポジウムのメインテーマである「やさしい」とは、辻本先生から提示されたように、わかりやすいこと、他人に迷惑をかけないこと、という観点から建築を計画することであろう。安全計画小委員会は昭和47年から、災害を人の行動と空間との関わりの面から科学する、といった形で発達してきた。今後は日常と非常時の間を、人に易しいという観点から捉えることが重要である。当シンポジウムで検討された「高齢者」、「リスク」、「集合」等をキーワードに、新たなパラダイムを作る意気込みで活動されたい。

記録:山田 茂(()フジタ