16回安全計画シンポジウム(建築計画委員会・安全計画小委員会・建築防災規定研究WG

「建築防災計画指針」はどこへ行く

 本シンポジウムは20011116日(金)、司会濱田信義(濱田防災計画研究室)のもと、建築会館で開催された。参加者は39名であった。

趣旨説明(濱田信義/前掲)

今年、防災計画の指導通達が廃止になった。この背景には建築基準法の性能規定化、確認申請の民間開放、手続きの簡略化などがあった。これまで建築防災計画指針(以下「指針」と略す)は建設省監修による防災計画・設計の教科書であった。今後この指針をどうしたらよいか本シンポジウムで議論したい。

1. 主題解説

(1) 建築防災計画指針の歴史と防災計画に果たした役割(吉田克之/竹中工務店)

 最近は指針を見て設計をしたことがない若い人もでてきた。法律は最低基準に過ぎないので、それだけでは安全は確保できない。総合的な防災計画を観点とすべきであり、もう少し防災について考えて欲しい。

指針は1975年に初版が発行されたが、問題も多かった。1977年春、安小委で問題点を検討し、学会から建築センターに提出した。1977年秋に改訂準備が行われ、1978年に新訂となった。1981年に防災計画評定が始まったが、避難計算に間違いが多かった。1985年の改訂版で避難計算の執筆を担当することになり、計算例を掲載した。その後、避難計算の間違いは少なくなった。1995年版では煙制御や耐火設計の内容が加わった。改訂はこれで止まり、現在建築センターのホームページでは「在庫切れ、改訂時期未定」となっている。この他の指針として1987年改訂の「新・排煙設備技術指針」、1991年発行の「新・建築防災計画指針 新技術編」があった。防災計画評定では、安全区画、ELVホールの区画、避難計算、水平避難、排煙ダクトの系統分離など法令に要求されていないところを上乗せして指導した。これらはコストもかかるため、施主にも説明しきれない場合がある。防災計画評定委員会はそのような場合の執行役であった。こうすればいいという執行機関がなくなり、法律に書いていなければ必要ないという設計も出てきた。霞ヶ関ビルから防災計画は始まったが、1981年までは建設省が直接指導していた。その件数が増えたことによって建築センターに建築防災計画評定委員会をつくった。防災計画書の作成は、建物の安全性は向上させる上で効果的な施策であり、社会の責任を果たしてきた。今後は自己責任でよりよくする必要がある。指針がなくなり、建築センターが今後出す必要もなくなっている。性能規定化を使うと従来の仕様設計より安全性が向上するというのは間違いであり、性能の向上にはならない。建物の安全レベルは最低基準のままである。防災計画の指針を建築学会からつくるべきではないだろうか。

(2) 防災計画評定と建築防災計画指針(青木義次/東京工業大学)

 各国の法律を調べてみると、建築基準法はかなり特殊であることがわかる。いいものを造ろうという誘導装置がしくまれてなく、最低基準を守らないものを取り締るしくみである。防災計画の評定委員がそれを担当していた。防災計画評定制度があった理由として次の2つが考えられる。1.大規模建築物の最低基準の安全に対して法が不十分であった。2.他の一般建築と同一水準の安全が確保されたとしても、大規模建築物では被害の価値が異なり、超高層建物の火災は社会的な影響が大きいと考えられた。日本は社会的影響の違いを考慮した用途による安全率の割増が一切ない。これは世界的にもめずらしい。構造の新耐震でこのことが議論されたが、最低基準を目指す建築基準法と合わなかった。防災計画の指導による安全水準は仕様規定より厳しいものであった。病院手術室の「篭城区画」は世界にもない考え方であり、さらにその区画への排煙ダクトの制限もされていた。一方で弱者を大事にするハートビル法があるが、手術中の人などは建築基準法で手当てしていない。こうした考え方は指針の中で展開され、それが守られたのが防災計画評定であった。当初、防災分野には民間はいなかったが、防災計画や旧38条に関する評定制度によって、民間の層が大変広がった。アトリウムの設計などは民間技術者の努力の賜物であった。技術者が活躍する場が狭まったのではないか懸念される。指針と法規にないものに確率の概念がある。防災計画はある一定の火災時のシナリオと対策が評価されてきたが、実際の火災は多様なものである。火災の分野に確率の考え方を取り入れた研究は80年代に報告されていたが、具体的な評価法、設計法には至っていないので、今後に期待したい。

(3) 設計実務における建築防災計画指針(土屋伸一/明野設備研究所) 

 防災計画の実務の中でつねづね感じたことを、経験ふまえて語りたい。指針の目的は、安全のために必要なことを用途に促して取り入れること、自主的に安全化を図ること、法規内容を具体的に有効に実況する方策を示すことと考えている。設計者にとっては確認申請までの義務的な作業になっている側面もあり、居室避難のチェックができないなど、主体的な安全達成の欠如がある。行政庁にとって指針の内容は絶対的であり、法律と同じ重みを持っていた。評定に判断がゆだねられる場合もある。防災計画の通達廃止後、防災計画が周知されたものでなかったことを感じた。設計者の思考は停止してしまった。建築主は法律以外のことをなぜしなければいけないかと考えがちであるが、法律を守るだけでは必ず安全とは限らない。

(事例紹介)ルートBを適用したオフィスでは廊下の排煙をなしとする場合もあるが、これは防火戸の閉鎖が前提だが、閉鎖しない可能性が大きい。ルートBほど防災計画が必要となる。防火設備の作動信頼性、維持管理、フールプルーフ、フュイルセーフが重要である。

(今後の展望)自己安全性を確立するために、それを補完する指針が必要である。安全計画はなかなか建築主に理解されないので、建物の性能表示や建築主に対して保険料、補助金、容積率の緩和などのメリットが必要である。利用者のリスク判断によって、危険性の高い建物は自然淘汰されるのが望ましい。

(4) 建築学会としての防災計画の指針のあり方(辻本誠/名古屋大学) 

 建築基準法が性能規定化したから、防災計画評定をやめたという訳ではない。これらは一体ではあるが別な流れで(防災計画をやめることは)決まっていた。また、性能規定は性能向上ではない。消防の特例は消防法施行令第32条に規定されており、法律上住んでいる範囲は狭いが、建築基準法の第38条は住んでいる範囲が広いのでやめるということになった。通達で支配しない「法の支配」による行政とする立場は非常に強い流れである。防災計画評定の廃止に伴う諸問題として次のようなことがある。A:性能が定義されないものを「規制」で制御できない。この立場に立てば、要求性能の明確化。性能評価・検証法の整備をすることになる。B:「良好」なものと同等以上かは専門家なら判断できる。この立場に立てば、旧法38条を温存して、専門家を育成することになる。構造、材料、施工は学会で多くの指針等を出しているが、防災も「規準・標準仕様書類作成の合意形成システム」の手順によって学会の指針をつくることができる。用途別の火災による死亡率をグラフ化すると、住宅の死者数は1970年代以降変化はないが、病院、旅館は減少している。病床数は増加しているが、スプリンクラーの設置によって死者数は減ったと見ることもできる。用途別にこういったデータをとっていく必要がある。防災計画評定も役に立っていたかもしれない。死者数が少なくなったら社会的な対応はおしまいである。排煙設備の設置によって死者数が減少したというグラフはかけないので、そういったものは排除した方がよいと考える。

2. 討論 今後の展望

(吉村/大阪大学)建物の一般利用者が車や銀行の安全性を判断できるように、建物の安全性を自己判断するにはどうすればよいか。ホテルは目に付くところに○適マークがある。(土屋/前掲)建物のわかるところに表示するのがよい。(辻本/前掲)防災計画評定の中でも安全性のレベルに差があるのではないか。性能の高いものは火災保険を安くするなどすれば、施主、設計者に示せる。火災保険は過剰収益といわれている。もっと競争したほうがよい。(消防関係者)40年代は別として、特定用途の火災事故は社会的な誤差である。今回の新宿歌舞伎町の火災事故も経営者の問題であり、先生方に問題はない。指針は設計者に技術の踏襲のために必要であるが、基本的には今までの技術で十分である。今後は新しいものを検討すべきである。(笠原/大成建設)従来の指針を引継ぐのなら教科書的なものでよい。どこまでが安全かもわかっていないので、専門家の職能集団をつくるのがよい。(濱田/前掲)安全区画、水平避難などは前述のB:専門家の判断によるしかない。A:要求性能の明確化というわけにはいかない。(青木/前掲)学会の中で指針をつくるのであれば規定の意味をかくのがよい。(竹市)海外の施主の案件でドイツやフランスではできたのになぜ日本でできないのかを問われたことがある。法には理由も目的も書かれていないため説明するのに苦心した。技術者の中で何かあるべき。(吉田/前掲)自発的な安全対策の実現は非常に難しい。赤字受注の中で、連続バルコニーなどの安全策を提案しても施主にはなかなか受け入れられない。保険会社は関心があるのでランキング付けするのもよいが、実際、火災保険はそんなには安くはならない。学会としてきちんとしたものがあるべきであり、学会が出すことに意味がある。指針の内容が裁判で使われる可能性もある。これから時間をかけて内部で議論していきたい。(吉村/前掲)学会には次の世代につなぐ義務がある。(濱田/前掲)今回、WG活動への皆様の賛同確認した。指針がどこかにいっても困るので、新しいWGで議論していきたい。

記録:水落秀木(清水建設)