17回安全計画シンポジウム(建築計画委員会・安全計画小委員会)

「災害弱者のための避難安全」

 

本シンポジウムは2002419日に開催された。大田区内で運営されている特別養護老人ホームとシルバーピアの見学後に、建築会館にて、志田弘二(名古屋市立大学)の司会で講演と討論を行った。参加者は61名であった。

趣旨説明(富松太基/日本設計)

当委員会では、4年前より「集合と安全」をテーマとして連続シンポジウムを実施してきた。市立川崎病院の見学とその後のシンポジウムではエレベータロビーを加圧した救助用エレベータや一時待機スペースが紹介されるなど、常に災害弱者の避難に関連する問題があった。「災害弱者」の問題に対する学会の役割は大きく、当委員会の今後の活動のテーマとして、研究を進めてゆく予定である。

 

1. 主題解説

(1) “たまがわ”および“シルバーピアたまがわ”の設計について(岩崎克也/日建設計)

この施設は入居定員240名であり、特別養護老人ホームとしては大規模なものである。施設は3つの特徴を持つ中庭をそれぞれの住棟が囲むように配置されている。中庭に連続するバルコニー・屋外テラスによって一時避難を可能にしている。内部は1フロアーを4つのクラスターに分節した平面計画とし、防火区画とも対応している。各入居室に面して外部バルコニーを配置し、居室から直接外部へ出られる平面計画とした。ストレッチャーや車いすでの利用を考慮して、扉幅の確保、段差の解消を行っている。バルコニーを連続させ避難スロープとつなぐことで、各階より直接、地上へ降りられる動線計画とした。室内の2つの階段は、特別避難階段に準じ、廊下に面した扉は、不燃木製防火戸とした。運用面では、地域との交流を図るためのイベントを開催するとともに、非常時に地域やボランティアから援助を得られるような体制づくりを行っている。

(2) 避難シミュレーションに基づく高齢者施設の避難安全性(掛川秀史/清水建設)

災害弱者の避難安全を考える一例として、避難シミュレーションによる高齢者施設の避難安全性のケーススタディ結果について述べる。高齢者施設における避難安全上の特徴は、以下の通りである。・入居者の行動能力が低く、介助を必要とする場合が多い。・避難時に車いすや歩行補助具等の移動器具を必要とする。・運動能力の大きく異なる人が混在している。入所者の運動能力の実測を行なった結果,介助をともなう避難時においては、移動速度が入居者の身体機能に大きく影響を受けること、移動器具への移し替え介助にかなりの時間を要することがわかった。一方,東京都内の高齢者施設の実態調査から、夜間に施設職員一人あたりの介助に必要な入居者数は平均12名であり、避難誘導に関して特別な対策が求められている。避難シミュレーションでは、避難者の行動特性を個人単位で設定でき、煙流動や他の避難者の滞留状況の変化に応じて経路選択を行う避難者の様子を検討できる。また、管理者による避難者の介助行動を考慮することができる。ケーススタディから以下の点が明らかになった。・入居者の配置条件の違いが安全な避難可能人数に影響する。・スプリンクラーが作動しても、室内の避難経路は一部煙に汚染させる可能性があることから、居室から直接アクセス可能な屋外バルコニーを設けることは、安全な避難計画を確保し、介助の効率を高める上で非常に有効である。

(3) 火災時における子供の対応能力(建部謙治/愛知工業大学)

小学校児童を対象とし、火災時における避難経路選択傾向や、空間認知・火災知識・行動判断と学齢の関係を把握する調査を行った。その結果、空間認知力は学年とともに上がり、普段使うところはよく認知されている反面、非常階段の認知率は極めて低い事がわかった。火災時の行動判断では、自己判断ですぐに避難行動を起こす「即避難」は全体の20%に上り、指示がない限り待機する「指示待ち」の児童が半数であることがわかった。火災知識については、「煙が上に流れるか、避難時に窓は開けた方がよいか」といった煙の流動についての質問の正答率が低いことから、学校関係者は、本質的な煙流動と、これに整合した避難行動の関係について児童に理解させる必要がある。

 

2. 討論(コーディネーター古瀬敏/建築研究所)

施設の運営について、ボランティアが集まりやすくするために建築的な工夫をしたのかとの問いに対し、岩崎氏より「ボランティアはハードに集まるのではなく、ソフトに集まるものであり、運用面がうまくいっているのだと思う。ただし、1階は周囲の公園の一部として自由に出入りしやすい雰囲気を持つように計画した。この点はうまく機能しているように思う。」との回答があった。また、職員の介護以外の事務的な業務への対応として、昼間イベントを開催し、そこに入居者を集めておき、その間に事務的な仕事をこなすようにしているとの対応方法が紹介された。

避難施設について避難用スロープの有効性についてはどう考えているかとの問いがあり、「有効性には疑問を持っている。実際にはバルコニーに避難し、救助を待つことになるだろう」との回答があった。一方バルコニーについては、高層建築物になるとバルコニーの設置は困難になるので、バルコニーに頼らない避難計画、例えば「逃げなくても安全な空間」を作るなど、を考える必要が有るのではないかとの意見があった。さらにここまで逃げれば安全であるなど、状況に応じた動的な情報提供ができないかとの議論があった。

避難シミュレーションを活用した安全性の評価について、掛川氏より紹介されたシステムを「たまがわ」に適用した場合、安全性のレベルはどの程度有るかとの質問があり、「安全性はかなり高いと思うが、安全性は運用で変化するので、最終的な判断には運用の実情を見る必要がある」との回答があった。さらに、今回の施設では防火区画の設置について明確な根拠はなかったようであるが、このようなシミュレーションを活用することで根拠ある設計ができるのではないかとの意見があった。

本シンポジウムに対して、今回の話題は建物内から屋外への避難安全性についての議論であったが、水害や地震等の自然災害時に避難せざるを得なくなった人たちを受け入れるためのシステムについても検討して欲しいとの意見があった。これに対し古瀬氏より「ハートビル法の改正案では適用対象に学校が含まれるようになっている。これは阪神淡路大震災等で学校が避難場所として活用されたことを考慮しての改善であり、避難場所となる施設にも弱者への対応が要求されるようになってきている」とのコメントがあった。

記録:佐野友紀(日本学術振興会、国土技術政策総合研究所)/林広明(大成建設)