(社)日本建築学会 1997年12月2日プレス発表
この12月に京都で開催されるCOP3については、現在様々な活動が政府のみならずNGOレベルでも繰り広げられており、市民の関心の高さを表わしている。このCOP3での主要な課題である、温室効果ガス発生量の抑制に関する目標の設定については、既に知られている様に、国家戦略に係わる問題でもあり、調整に大きな努力がなされている。
翻って我が国の温室効果ガスの排出状況を眺めると、本学会会員による様々な研究の結果からは、建築物に係わる温室効果ガスの排出量は今日では我が国全体の排出量の4割、全世界の排出量の1%強に達し、かつその量は依然として増加の傾向を示していることが推定される。従って我が国が世界の温室効果ガス排出量抑制に寄与するためには、建築物の建設およびその運用のそれぞれの段階での多くの努力が不可欠であることは、もはや論を俟たないと考えられる。
本学会では1990年より地球環境問題に係わる専門の研究組織を編成し、継続的に建築物と地球環境問題との関連やその影響の可能性等についての研究を行ってきた。その成果は都度研究報告書として社会に還元してきている。これらの基礎的な研究成果や、会員個々の様々な研究開発および実践結果等の蓄積を基に、この9月の大会において「地球環境問題と学会の取組み−行動計画−」をテーマに研究協議会を開き、学会としての行動の在り方について広く会員の意見を聞く機会をもった。更にその結果を受けて10月に「地球環境問題への建築の責任と役割」をテーマに、建築のあらゆる研究分野に亘る研究者および技術者がそれぞれの分野で地球環境問題を如何に受け止め、どの様に対応すべきかについて、8時間におよぶ徹底した討論を行った。
こうした活動の中から、地球規模の温暖化に対する我が国の建築分野の影響の大きさに鑑みて、これに直接関係し学術的客観的に社会に寄与するべき立場にある本学会としては、COP3が開催される機会に、以下の様な行動を今後本学会が起こし成果を世に問うことが、本学会の社会的責任をまっとうする上で必要であると言う考えに至った。
■COP3の課題への日本建築学会の見解と対応
1.本学会は、我が国の建築分野での二酸化炭素排出量の削減については次の様に考える。
A. 建築分野における生涯二酸化炭素排出量は、新築では30%削減が可能であり、また今後はこれを目標に建設活動を展開することが必要である。
建築分野における二酸化炭素排出量については、我が国の建設投資および建築物のストックの実態からすると、今後建てられる全ての新築の建築物について30%、リニューアルする建築物について15%の削減を施す努力を10年間続けて初めて、全建築物関連の二酸化炭素排出量5%削減に結び付くと言う試算がある。
これまでの本学会会員の様々な研究の結果からは、新築の事務所建築物では生涯二酸化炭素排出量30%削減は可能であるとの結論が得られている。これ以外の用途の多くの建築物および既存建築物については、目標達成に有効な対応策が全てに亘って整理されているとは言えないが、今後は省エネルギーや耐用年数延長への技術的な対策のみならず、ライフスタイルや社会システムの変革も含めた対応策を講ずることにより、達成可能な範囲にあると考える。
B.二酸化炭素排出量の削減のためには、我が国の建築物の耐用年数を3倍に延長することが必要不可欠であり、また可能であると考える。
同時期に建設された建築物の残存率が半減する年数を寿命と定義すると、事務所建築物では鉄筋コンクリート造は38年、鉄骨造は29年、木造専用住宅で 40年となっている。この寿命について米国の住宅を見ると約100年である。また建築物への投資周期を国際的に比較すると、住宅において顕著に短かく、我が国は23年程度であるのに、欧米は38年から73年となっている。更に、住宅のストック対フローによるいはば代替わりの周期を見てみると、我が国は30 年程度であるのに対して、米国103年、イギリス141年と大きな開きがある。
建築に係わる生涯二酸化炭素排出量に対して4割近い水準で寄与している建設段階の排出を抑制するには、この様に短い寿命あるいは投資周期の状態から脱して、我が国の建築物の耐用年数を欧米並みに延長することは、非常に効果的であり、また我が国の良好な社会資本蓄積の上でも、意義のあることと考えられる。そのためには、工学的には100年と言ったより永い期間に発生する可能性のある地震力への対応、酸性雨等によるコンクリートの耐力減への対策、配管腐食への対策等が必要である。しかし更に重要なことは、建築物への様々な社会的ニーズの変化への適応力を持たせるための計画方法、建築物への投資の在り方、建築物の流通を促進するシステム、所有や利用にまつわるルール等見直しを初めとした広範な対応策が必要である。いずれも、理論的、技術的に困難な課題は殆どなく、主に実現に必要な環境の整備が課題と考えられる。
2.本学会は、上記の考え方を裏付けるために以下の行動を起こす。
地球環境温暖化問題の緊急性に鑑み当面1年を目処に、これまでの研究成果を基に、目標実現に必要と考えられる基本的な方策を検討するとともに、これらを纏めて公表する。さらに詳細の研究は継続的に実施し、都度社会に提案する。
3.本学会は上記の考え方を裏付ける検討を、以下の体制で進める。
この研究の遂行に当たっては、学術委員会を中心にして本学会内に組織されている15の調査研究委員会の連携を基に推進する。また、研究は本学会内の研究体制に止まらず、関連する学術分野・学会にも積極的に呼びかけ、連携して進める。
■背景説明資料
以上のアピールは、これまでの建築学会および会員等による様々な研究の中の、次の様な関連研究成果によるものである。
1.新設建築物単体の生涯二酸化炭素排出削減対策
目標:耐用年数3倍、LCCO2(ライフサイクルCO2)の3割削減。
効果:1990年ベース削減量 130Mton-CO2/y=全国排出量の1割
建築関連誘発CO2排出量(1990年)の30%は
118×1,000,000トン‐C の30%= 36 ×1,000,000トン‐C
(434×1,000,000トン‐CO2の30%=130 ×1,000,000トン‐CO2)
(1)技術的手段
これについては、以下のa.〜b.の様な技術が研究され、既に省エネビルの実績事例でも3割以上のCO2削減が実現されている(東京ガス港北ニュータウンビル2)、東京電力技術開発センター3) など)ので、特に新たな対策技術の開発研究が必要とされてはいないが、なお、一般の建築物に広く普及するための適用性の拡大の検討が必要とみられる。
a.省エネの徹底(暖冷房負荷低減、照明の省エネ、設備効率向上、設定温度変更など)
省資源(とくに鉄鋼、セメント消費量削減設計)
b.低排出資材(木材、紙、高炉セメントなど)
c.長寿命化
d.CFC処理及び代替品の適正利用
(2)誘導手段
目標を達成するための手段に関しては以下の様な項目が考えられる。この内LCCO2評価方法の普及については一部の建設、設計会社で既に実用化されているが、当学会では基礎研究、共通データベース整備、手法の標準化などを更に推進する必要がある。
a.LCCO2評価手法整備
本学会では「LCCO2評価手法手引き」1)を出版販売中
b.設計段階に応じた評価手法の開発
c.原単位等基礎データベース整備
d.その他の環境評価項目との総合評価手法(LCA)の開発
(3)政策的措置
これについては、基本的には本学会の対応する分野ではないが、省エネ法にもとづくPAL/CEC評価と同様のLCCO2評価制度の導入可能性について検討し、行政への提案を進めたい。その際、施行後のLCCO2削減管理についても継続的な効果をもたらす制度の在り方、およびその導入可能性についても検討する必要があると考えられる。
(4)条件整備
現行建築法規が低LCCO2設計の障害となる場合がある。性能規定化や規制緩和措置により技術的対策の適用に対して諸規定が障害とならないよう、制度の在り方についても研究する必要がある。また再開発などの事業において、LCCO2建築導入の好機を活かし得るよう、制度、慣行上の問題点や対応策についての研究も必要になろう。
2.既存建築物のLCCO2削減
これについては、本学会としては体系的研究が手薄な分野である。従って、今後の精力的、重点的な研究を推進するべく、体制を整える。
米国ではESCO(省エネビジネス)のような診断コンサルティングが既に事業として成立しており、その様な観点から通産省の活動には本学会員の協力は継続的に行われている。こうした活動に対して、既存の建築物に広く適用出来る温暖化効果ガス発生抑制対策を検討し、貢献してゆく必要がある。
なお、既存ビルについては、冷暖房の設定温度が大きな問題であり、現状は夏が24℃、冬が23℃の設定が最も多いと言う調査結果がある。13)これを夏28℃、冬20℃に戻すと、業務用建築物では現状の9,769万トン‐CO2の排出量が冷房で330万トン、暖房で305万トン、合計で636万トンで都合業務部門の建築物からのCO2排出量の6.5%削減出来ると言う試算がある。また、冷房の設定温度には、着衣状態が大きく関係しており、夏場での男子の背広着衣あるいは保持率が4割近くに達していると言う指摘もある。16)
3.都市エネルギーシステム
目標:都市内移動エネルギー極小化によるCO2発生量抑制
都市内冷暖房エネルギー消費量削減によるCO2発生量抑制、都市基盤、構造物の耐用年数3倍
(1)自動車によらない都市の在り方
住宅地による移動に係わる温暖化効果ガス発生量についての研究は、LCCO2の研究に伴って行われており、建築物の立地選定が相当程度の影響があることが推定されている1)。
この研究を発展させ、都市形成に対して本学会としての提案をして行く必要がある。
(2)廃熱利用を組み込んだ都市エネルギーシステム整備
省資源省エネルギー環境共生都市のあり方についての研究を促進する9)。
(3)都市基盤、構造物の長寿命化と社会変化柔軟対応の両立
建物の長寿命化に伴い長期的な展望に立った都市計画が不可欠となる。社会情勢変化に柔軟に対応できるメタボリズム的な成長機構を取り込んだ都市システムなどの研究も必要となる。
4.都市気候改善を通じた省エネ、CO2削減
目標:緑地5割の都市計画
緑地を十分(50%)取った街づくりをすれば高密度市街地の冷房負荷を削減できる。江戸時代の東京に比べて現在の東京は都市気候により夏の午後3時の気温が4℃高いとする研究結果がある10) が、新しい学問分野として外部環境設計学の確立が提言されている11)。
5.住宅と家計でのLCCO2削減
目標:生活者ライフサイクル総CO2排出量削減(ヒューマンライフサイクルCO2削減)
上記、各事項は建物用途のひとつとしての住宅にも適用できる。住宅の省エネルギーに関しては壁断熱、ペアガラスの性能向上と普及促進、暖冷房機器の効率向上、暖冷房温度の設定変更などが提案されているが、それのみならず生活行為全体を通じたCO2削減が重要であり、自家用車利用を含めた家計誘発CO2排出量の削減が求められる12)。
6.建築物の耐用年数
目標:耐用年数3倍ないし100年
(1)現状
耐用年数に関する学会の活動としては、同時期に建設された建築物が半分になる年数を寿命と提起した場合、約38年から40年程度とする研究結果がある14)。さらに、住宅では我が国が39年、米国が99年という研究もある14)、19)。また、住宅では世帯数と建設戸数による住宅投資周期を算出すると、我が国と欧米とでは、2〜3倍の開きがあると言う研究もある15)。他方、事務所建築では、前述の定義の寿命については、鉄筋コンクリートの場合約38年、鉄骨造の場合、約29年程度と言う14)。建築物のストック量とフロー(年間建設量)による「代替わり周期」をみると建築物全体では、この十数年間は約30年弱となっており18)、これを住宅で見ると、我が国が約30年に対して、米国103年、英国141年となっている20)。
(2)原因
建築物が除却される原因は、敷地の所有者の変更、敷地を取り巻く社会的・経済的な環境の変化、事業目的の変化等が主たる位置をしめており、これに汚れ等の劣化理由が重なっている。設備の旧式化や機能向上も、概ね上記の主たる理由を補足するに止まっている18)。一方、住宅については建替えが26年平均で行われており、だんらんや経済的ゆとり、老後の安心や自然環境の回帰への要求も強い16)。
(3)対策の方向
この様なことから、建築物の耐用年数の延長に関しては、経済的・社会的環境の変化に対して、これらを受け止め、吸収出来る様な建築計画上の対応が重要になってくるものとみられる。他方、技術的な面では、地震力については、既に設計段階で100年程度の耐用期間が想定されており、これに免震、制震の技術が加わることで、対応は可能と考えられる。建築設備では、エネルギー効率に向けての対応が急がれるが、同時に配管腐食等の、ライフラインを構成する部分の信頼性向上対策を講じて行くことも、必要であろう。
7.関連分野への期待と要請
LCCO2削減には建築学会だけの力では及ばない関連領域での改善に期するものも多い。高性能ヒートポンプの開発普及や発電効率の向上、太陽光発電セルの高性能化、低価格化、各種資材の製品開発、省エネ機器開発、鉄鋼業の省エネルギーや高炉スラグ供給、高品質電炉鋼製品の生産など当学会の活動として関連分野の技術的な開発普及促進を促す働きかけが必要である。また、制度とくに都市計画行政や土地不動産相続などの税制など、建築分野のLCCO2化実現には関連したさまざまな社会システムがある。それらの諸条件が低LCCO2化に有利に働くよう当学会からの積極的な提案を行ってゆくべく、関係する研究を促進する。
8.社会的貢献への方針
情報の開示と社会的共有化に寄与する。例えばLCA事例や基礎データ公開などがある。また地球温暖化防止政策の実施、法制化に伴う諸問題の解決に貢献できる専門的知見を提供するといったことも大きな課題である。国際的には、建築物の環境調和性に関する様々な取組みがCIBやIEA、GBCと言った様々な場で展開しており、これらに積極的に関与し、貢献して行くことが必要である。