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2000年10月1日

1.長寿命


 今日の日本の建築は、その多くが25〜30年で建て替えられている。これに比べヨーロッパの建築は数世紀に亘って利用され続けることは普通であり、アメリカでも100年程度の寿命の建築は珍しくない。かつては日本でも、100年を超える長期間の使用はごく一般的であった。建築が短寿命であることは、単に社会資産の形成が遅れるのみならず、地球温暖化の原因である二酸化炭素排出、森林の破壊や大量の建築廃材発生などの、きわめて深刻な問題を生んでいる。


これからは、現存する建築はできるだけ長く使い続けられるよう対策を講じると同時に、新たにつくる建築は長期間の使用に耐えるように、計画の初期の段階から充分に検討を行い、完成した後も継続的に適正な維持管理を行うことが、基本的な条件である。


 <住民参加による合意形成>


 建築を長く維持し使い込んでいくために、周辺の住民も含めて利用・運営・所有に係る関係者の合意と協力を得る。また新築や増改築の企画・計画段階では、地域コミュニティ内での建築の利用・運営・所有・施工などの関係者による十分な検討が行われ、その必要性、目的、用途、機能、性能、形態などに関して、合意形成を図る。


 <新しい価値の形成>


 計画的かつ適正に運用、維持保全することによって建築に歴史が付加され、風格が備わって価値が高まり、社会的にも経済的にも有用な資産となるような価値観やライフスタイルを育てる。また、建築を再構成し別の用途に転換したり、改修により新しい運用に対応が可能な空間として再生することにより、新しい価値を生む努力を続ける。100年を超すような永い年月使い続けられる建築は、パリのオルセー美術館のように用途や機能を変化させ再生することによって、より魅力的な空間をつくる可能性を持つことに配慮する。


 <建築を維持する社会システム>


 所有・運営・利用に係るさまざまな関係者が、時代を超えて建築を受け継ぎ使い続けてゆくために、適正で明快な評価システムを整え、活発な流通システムを整備する。


 <維持保全しやすい建築の構築>


 適切な維持保全により、老朽化することなくむしろ価値を増すような建築は、より長く残し使い続けたいという強い愛着心を育てることができる。維持保全の困難さや老朽化による経費の増大が建築の寿命を短くすることを防ぐため、容易に建築の維持保全ができるように対策を講じる。


 <変化に対応する柔軟な建築>


 現代社会のニーズの変化は早くて激しい。これに対しては、用途の変更や改修などに容易に対応できるようなゆとりのある建築空間、階高、柱間および設備シャフトを持たせる建築計画が大切である。敷地についても、できるだけ変化に対応できるゆとりを持たせる。


 <高い耐久性と更新の容易性>


 建築を構成する部材・部品の個々が建築全体の寿命に関係することを考慮し、構造躯体と内外装・設備部材が容易に分離でき、それぞれ他への影響を最小限に止めて交換できるようにする。また、構造躯体、外装、基幹設備を構成するものについては、劣化しにくい材料、経年により価値が高まる材料、交換が容易に行える部材・部品を開発し活用する。


 <長寿命を実現する法制度の改革>


 土地所有や利用に係わる法制度によっても、現実には多くの建築が壊されてきた。法の持つ多面的な影響力を勘案して、社会資産・文化資産として建築を残していけるよう、あるいは残すことが有利となるような法制度の整備や改革を行う。



2.自然共生


 日本はモンスーン地帯に属し本来豊かな自然を持つ地域であり、伝統的建築はその自然を享受し自然と共生する環境を育ててきた。しかしとりわけこの半世紀、無秩序に開発された都市や建築が、地域に存在してきた生物種の多様性を失わせる大きな原因となった。また、ヒートアイランド現象やさまざまな都市公害が、生態系を破壊しただけではなく人々にとっても不快な環境を生み、やすらぎや憩いの空間をあらかた失わせ、人々を自然から遠ざけてしまっている。


今後は、地上に存在する種の健全な持続性を目指し、我々の生活の周辺において多様な生物が身近に感じられる環境を再構築することが、極めて重要な課題となる。


 <自然生態系を育む環境の構築>


 豊かで多様な生態系の維持のために、自然の領域が道路や建築などの人工物によって分断されることのないよう、有効な対策を講じる。人工的な環境に関しても、多様な生物の生命を維持できる生存環境をつくり、それらの有機的なネットワークを維持・構築する。


 <都市部の自然回復、維持、拡大>


 都市部においても自然環境を保全し、復元・創造する。また、都市の温熱環境を改善するだけでなく、開放感や充足感などのさまざまな心理的な効用を得るためにも、植物を植え、緑地を増やし、建築の壁面や屋上などを緑化する。


 <建築の環境影響への配慮>


 地域の自然と共生するために、建築を企画・計画する段階では、その敷地及びその周辺が持っている自然環境の特性を十分に調査し、気象、地形、地質、地下水系、植生、生物、景観などの状況を理解し、建築による影響を配慮してこれらを積極的に計画に反映する。



3.省エネルギー


 今や都市・建築は、その建設や運用に膨大なエネルギーを要するものとなってしまっている。また、地球温暖化への要因の4割は、建築の生産から施工、運用、廃棄にいたるライフサイクルでのCO2 排出による状況となっている。


石油をはじめとする化石資源は有限であり、エネルギー源としての利用は温暖化に直結することからも、その使用を野放図にしてはならない。そのためには化石資源による在来エネルギーの利用を大幅に低減・効率化し、自然エネルギーや未利用エネルギーを活用する都市・建築に転換しなくてはならない。


 <地域の気候にあった建築計画>


 建築の小屋裏、庇、縁、外壁、窓、出入り口などは、外界に接する部分からの熱負荷を大きく軽減する構成とする。特に、建築の窓は、通風や採光などの自然エネルギー利用の観点から重要である反面、空調の熱負荷としては弱点となる。これに対しては、適切な窓開口の選定や日射の積極的な取り入れの工夫、日射遮蔽の工夫、2重ガラスなどによる断熱の工夫、風通しの良い空間の構成などの対策を講じる。


 <省エネルギーシステムの開発と定着>


 建築の生涯エネルギーの半分以上が運用時における建築設備の運転のために費やされている。空調、換気、照明、給湯、昇降機などの効率を飛躍的に向上させる設備システムを開発・構築すると共に、自然エネルギー・未利用エネルギーを活用する。また、それらは適切なエネルギー管理システムと整合的に連結する。


 <建設時のエネルギー削減>


 建設に伴う資機材の輸送エネルギーの使用量を最小限にとどめるために、生産者間の提携による物流の簡素化、地場産材の利用,投下される資機材量の削減、再使用・再生利用、および建設副産物の地域内循環利用を促進する。


 <地域エネルギーシステムの構築>


 エネルギーを街区レベルで供給することにより、エネルギーの高効率利用・最適管理が容易になる場合もある。特に、河川水や海水、井水、地熱、ごみ焼却熱など未利用エネルギーの活用のために大規模な施設が必要となる場合には、街区レベルで熱供給を検討する。また、建築レベルでも大きな排熱がある場合に、その有効利用を図る。


 <自然エネルギーの活用に対応した都市の空間構成>


 都市の構造は、建築レベルでの日照利用を促す隣棟間隔や風道の確保など、自然エネルギーを十分に活用できるよう、配置上の対策を講じる。


 <省エネルギーに寄与する交通のための都市空間>


 公共交通機関の整備・充実に呼応して建築を整備し、都市そのものを自動車の利用に頼らないで暮らせるような街づくりを推進する。また都市内で使われる自転車の利用促進、自動車の小型化や共用化に向けて、自転車の走行路や駐輪スペースの整備、駐車スペースの空間利用効率の向上など、環境に調和する交通のための空間構築に切替える。


 <省エネルギー意識の普及・定着>


 建築の運用時の省エネルギー対策は、建築設備の効率向上だけではなく、無駄な照明や空調の停止とか節水などの効果も非常に大きい。利用・運営する関係者が自らのエネルギー使用状況を把握し、その情報をデータベースとして共有することで、省エネルギー意識の向上を図る。


さらに、ライフスタイルの変革を含む意識改革のために、建築界は積極的に学校教育や生涯学習などを通じて啓発活動を進める。



4.省資源・循環


 地球上の資源は有限であるが、建築分野での過剰消費は、資源枯渇や産業廃棄物の問題を深刻化させてきた。すでに日本各地の最終処理場はほぼ満杯である。建設関係廃材は最終処分量の4割におよぶと言われている。


新たな資源はできるだけ使わず、建設地からで極力廃棄物としては出さずに再使用・再生利用し、循環していくことが必要である。


 <環境負荷の小さい材料の採用>


 建築の部位、部材はその生産及び運用・廃棄段階でできるだけ環境負荷の小さな材料、即ちエコマテリアルによって構成する。そのような材料の開発を促し、流通させ正しく使われるように、情報を公開する。


 <再使用・再生利用の促進>


 建築は再使用・再生利用材の採用率をできるだけ上げる。そのため建築はその構成材をその耐用年数や機能に従い分離可能なように構成し、また交換、補修、変更を最小限にとどめられるようにする。さらに構成材は、維持、更新が容易な構法により構築し、取り外し、分解、解体しやすく、再使用・再生利用の資源として容易に活用できるようにする。


 <木質構造および材料の適用拡大>


 炭素の固定により環境負荷を低減するとともに、質の高い居住環境を生み出すという点からも、木質構造および材料の利用のための環境を整える。


我が国は木材資源の豊かな国である。我が国の森林の健康を守り資源の適正な更新を図るとともに、実効的な温室効果ガスの放出削減に寄与するために、国産材を有効に活用する。


 <建設副産物の流通促進による廃棄物の削減>


 建築の解体段階で排出される建設副産物は、できる限り分別するとともに再使用・再生利用するシステムを確立し、物的流通を促進する仕組みや施設を整備することによって、廃棄物を削減する。


また工事にあたっては、材料の省梱包・プレファブ化工法などの工夫により、建設現場からの廃棄物発生ゼロを目指す。


 <生活意識の変革と行動への期待>


 建築の改装、改築などによって廃棄物を出さないよう、できるだけ長く使えるようなものにすると同時に、既存の建築を再使用・再生利用するという方向への生活意識の変革が進められるように、建築界は市民の日常的な教育・啓発に努める。また、それを促進する法制度、経済的な支援システムも整備し活用する。



5.継 承


 我が国の多くの都市の景観は、慈しみ守り育てようという市民の支持が得られるようなものでなくなっている。建築は、先人達の資産としてあらゆる人々に引き継ぎ、また、未来の子ども達に資産として継承していかねばならない。良い建築文化を残さねばならないのと同様に、残せるような建築文化を創らねばならない。


さらに、現在の私達の建築活動は、未来を築く子ども達が元気に、健やかに育つ環境を保障するものでなければならない。今、子ども達の生活環境は、その健全に育つための環境として良いものになっているだろうか。建築も都市も子ども達を圧迫し、追いつめ、孤立させていないだろうか。次の時代をつくる子ども達のための良い成育環境を私達は整備しなければならない。


 <良き建築文化の継承>


 建築は大地の上に建設される。建築はその土地の風土、歴史、文化によって育まれた景観、生活様式、建築文化を大切にし、新たな建築文化はその上に構築し継承する。また世代間の継承の場も大切にする。


 <魅力ある街づくり>


 建築の集合体としての都市空間は地域の文化を表現する共有財産であるという考え方にたち、個々の建築のデザインは夫々が独立した存在ではなく、地域の特性を踏まえ街並みや自然と調和をとり、それらと景観的、生活的、精神的、文化的な関係を築く魅力ある環境を整えることに責任を持つ。また、街路構成、街区形成については、自動車中心の考え方を生活者・歩行者中心に切り替え、総合的に安全で住みやすい街に育てる。


 <子どもの良好な成育を促す環境整備>


 子どもの生活環境はできるだけ大地に接するように計画し、地域において自立的な自由で安全なあそび空間を十分保障する。建築と都市環境は子ども達の外あそびを促進し、身近に自然とふれられる環境を日常的にもつことができるように整備する。


 <継承のための情報の整備>


 建築に使われた知識、技術、資機材および完成した建築と都市の環境に係るすべての情報は、正確に次の時代に伝達されるように、情報基盤を社会的に整備する。

■ 地球環境建築憲章運用指針

地球環境建築憲章委員会運用指針WG委員


(社)日本建築学会  


 仙田  満(東京工業大学)委員長

 木俣 信行(鹿島建設)  幹事

 伊香賀俊治(日建設計)  幹事


(社)日本建築家協会  


 中村  勉(中村勉総合計画事務所)

 野沢 正光(野沢正光建築工房)  

 高橋  元(元計画設計)


(社)建築業協会  


 杵渕 輝男(大成建設)  

 平野  譲(熊谷組)


(社)建築・設備維持保全推進協会  


 田中 定八(建築・設備維持保全推進協会)  

 野々山光邦(裕生)


(社)空気調和・衛生工学会  


 宮田 洋一(東京電力)  

 伊香賀俊治(日建設計)日本建築学会代表委員兼務