第32回東北建築賞 作品賞 受賞作品


  ※東北建築作品集Vol.22バージョンはこちらです。

森を奔る回廊

敷地に残る屋敷林の間に埋め込まれた平屋建ての住宅です。幅3mx長さ26mのワンルームと直交する玄関、ガーデンテラスで構成されています。
建物は森の木々の木立の間に身を置こうと考えられ、地面より1mほど浮いてボリュームが設定されています。この操作は同時に、より木々の見える生活を演出する視線のコントロールとして、また、外部からの視線に住空間が晒されないよう、プライバシーの確保にも役立っています。都市化していく郊外において、古くからある屋敷林を活かして建てることは当然のことと考えることは容易いことですが、徹底してそれを行い、効果的なボリュームを設定しています。他所ではなく、まさにここに自然と一体化した環境をつくったことは作品賞の評価に値します。材料は最近の住宅に見られがちな経年変化しないフェイクとはちがい、自然素材を中心に選定されています。東北では、このように自然との調和し、応答し合える空間をつくっていくべきだと思います

新田の家

「新田の家」は、青森駅から北西方向に伸びる幹線道路から少し奥まった場所に建っています。この地域は、昔の郊外の面影と最近の宅地開発の影響が重なる、まさに現代社会が凝縮された場所です。そこには、様々な年代のライフスタイルが積層しています。新田の家は、周辺と断絶するのではなく、昔ながらの近所付き合いを残しつつ、プライバシーを確保し、その上で明るい内部空間と雪国での快適な暮らし、これからの新しい家族生活の希望を創出する空間構成への工夫が随所に見られます。特に中心となる十字の土間は、機能動線としてだけでなく、性質の異なる内外部の空間を緩やかに繋ぐ緩衝帯としてデザインされています。土間の交差する場所は、この家に住む家族にとっても中心になることでしょう。元来、大黒柱は家族と建物の両方の面から家にとって重要なものでしたが、建物の大黒柱は消えつつあり、家族のかたちも変わりつつあります。この建物は、土間による空間の結節によって不可視の大黒柱を創り出していて、住宅からの新しい家族像の構築に向けた挑戦になるものと期待します。

長楽寺禅堂

福島市内の4百年の歴史を持つ曹洞宗・長楽寺の禅堂です。建物は、大通りから路地に入ると木立の中にその位置が確認されます。白い漆喰の壁とマッシブなボリュームですが、緑豊かな木立に支えられ、軽々と浮かんでいる印象的な景観を創っています。浮かんでいるように見える2階部分は禅堂の基本である座禅堂であり、地上から離れていることやハイサイドライトから差し込む光により設計者のいう静謐性と高い精神性を表現しています。1階における広間はガラスに囲まれた空間です。座禅堂とは正反対の空間の質を与えられていますが、周囲の緑豊かな屋外空間と融合することで自然の中にいる錯覚と修行に入る心構えを十分に感じさせます。それら空間の豊かさ・繊細さは設計者の高い技術力と十分に検討されたディテールによって表現され、結果として正反対の空間の質の実現が可能であったと思われます。 宗教建築はより多くの人々に開放されるべきであるという考えは、この建物にも反映され、今後地域の方々の交流スペースとして、心の拠り所として、永らく愛されていくことを予感させる建物です。


鶴岡まちなかキネマ

山形県鶴岡市の市街地活性化事業として、古い木造の織物工場が地域の 資産として着目されたのは、地方のまちづくりとして重要な取り組みです。そして、設計者によってこの工場の持っていた建築的な価値が引き出され、多くの市民に利用される映画館になっています。 もとの工場としての建築を、映画館というボリュームある施設へ転換するのは容易なことではなかったと想像されます。しかし、原型を活かしながらも様々な工夫によって、他にはない個性的な映画館が生みだされています。 工場の時には天井に隠れていた小屋組みを現したことがこの映画館の一番の特徴となっています。また、トップライトを設けることで、建築の構造は鮮明になっており、この施設の持つ力強さと、歴史の重みを来館者に伝えています。 地域の歴史を確認しながら、新しい文化をつくっていくことで、建築がまちづくりへ貢献していくための重要な役割を担うことを見せてくれる作品です。


ねぶたの家 ワ・ラッセ

青森駅から港の方向に向かうとすぐに赤いキュービック状の、しかし柔らかい緞帳のような物体が見えてきます。この辺りにはベイブリッジや青函連絡船、連続切妻屋根の観光センターや観光物産館の巨大な三角形などさまざまな形が近距離にせめぎあっていますが、さらにここにねぶたを収める家をつくろうとしたときのこの方法は適切であったと感じました。象徴的な色と動きのあるスクリーンには連絡船やねぶたの躍動感、そして『大切なものが入っている』がイメージでき、展示されているねぶたが毎年変わる固定されたものでないことを素直に見て取ることができました。さらに完全に閉じた展示室にしないで外にも雰囲気を伝えようとしたこと、ねぶたにまつわる市民活動が常にこの家で行われていることにも共感できます。ただし、周囲をめぐる雁木を歩くとき、スクリーン越しに見える街や港の風景の面白さはありますが、内側にも関心が向くような空間のサービスが少ないため、ただ箱の周りを一週する退屈さも感じました。(周囲の景観がすべて良いわけではありません。)


村山市総合文化複合施設「甑葉プラザ」

村山市総合文化複合施設「甑葉プラザ」は、祝祭広場を中心に計画された施設であることから、単純な複合施設としてだけではなく、広場とそれを囲む建築やその他の配置・スケール等が議論の対象となりました。結果として、それぞれの建築のスケール感、建築空間と広場との繋がり方、地域の祝祭における活動の実績からも意図する計画となっているなど高い評価となりました。ただ、2階の回遊空間が設計者の意図するような回遊性といった自由度があるか、またロビーや図書館の容積、図書館の光の扱い方、広場を受け止める正面のファサードの大きさなどが意見の分かれるところではありました。 しかしながら、地域にとっての祝祭広場、祝祭広場とロビー、ロビーと多目的ホールの関係等、本施設が目指したと思われる賑わいを生み出す場、空間が高い評価を受け、東北建築賞に値する作品として決定いたしました


水の町屋 七日町御殿堰

町屋風商業店舗は、前身の「平入り町屋」をデザインモチーフとして、木造の低層建築物として計画されたものです。本計画とは別の事業でありますが、御殿堰の開渠化計画とともに、本計画によって新築された町屋風商業店舗とリノベーションされた2棟の土蔵が町並み空間に潤いと深みを与えています。この計画によって、これまでに隠れていた裏路地が顕在化し、町屋近辺を賑やかな場としています。また、複数の店舗と貸しイベントホールとしてまとめ、多くの人々を建物周辺に引き寄せていることは、地域への貢献として、高く評価できます。事業主体は、この地で古くから商売を営む商店主を中心に地元の出資者を募って立ち上げられたものであり、本事業は、他の地方都市に見られる商店街の衰退化を改善する一つの解決策を示したものです。



            第32回東北建築賞 特別賞 受賞作品


旧仙台領内の300年継承住宅

民家の移築再生の一事例ですが、設計者は閉鎖的空間になりがちな煙草農家の再生と開放的空間を志向する現代生活とのマッチングに留意しつつ、伝統的な造りの中に快適さを兼備するような空間作りに腐心した様子が分かります。地域の民家様式との乖離を最小限に抑えようとする姿勢とともに、施主のライフスタイルを損なわぬための苦心の跡が随所にうかがえます。また、資源循環の有効性についてLCAを通して検証するなど、学術的な側面からも、古民家再生・長期耐用型家造りのありようが提示されています。外見上はデザインの斬新さ、独創性などに乏しいとの印象を受けてしまう面もあるかもしれませんが、それらについても、屋敷林に囲まれた家屋が点在するこの地域特有の景観や、周囲の風景との融合性なども考え併わせれば、必ずしも評価を下げるものとはならないでしょう。新旧部材の混在から感じられる一種のちぐはぐさも、この作品では一つの歴史の記録を示すものと捉えることができると思います。その意味では特別賞に相応しい作品であると言えましょう。


あきたチャイルド園

あきたチャイルド園は、特別賞と評価されました。 コートハウス形式として園庭を園舎で囲い込み、建築自体で園児の領域を明確にすることで、施設に滞在している間の園児の安全・安心に対する配慮が十分に行われています。また、園庭からアクセスする屋上園庭も同様に外部からの不要な侵入等の不安を取り除きながら、結果、二つの園庭を合わせて敷地面積と同等の園庭を有することに成功している点が高く評価されました。また、保護者の安心等、予想される効果も感じられました。 内部も一体とした空間が多様な保育への可能性を感じた点など評価された反面、大空間とすることのリスク、多様な利用に対応する通路空間が確保できるのかなどの懸念も指摘されました。 都市的な保育園としての一つの回答であることは高く評価されたものの、あえて本計画地域で実施することに対する疑問もありました。また、積雪時を中心に年間を通した施設利用が不明な点等で評価が分かれました。