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Vol.52 - 2015/09/30
《from 新潟支所》 特集:2015年度 日本建築学会北陸支部総会・大会 
学生による語り合いのシンポジオン 2015 

後藤 哲男/長岡造形大学造形学部建築・環境デザイン学科 教授


7月12日(日)14:00〜15:30 (長岡造形大学 円形講義室)
 ・テーマ「建築家にできること」、「建築が実現できること」または
     「建築を学ぶ学生ができること」―中山間地の生活をゆたかにするためにー
 ・コーディネーター:後藤哲男(長岡造形大学造形学部教授)
 ・パネリスト   :村木 薫(新潟中央短期大学教授)
                大地の芸術祭土壁プロジェクト
          :春日惇也(山の暮らし再生機構・川口復興支援員)
                里山ハウスプロジェクト
                ジビエで地域おこしプロジェクト
 ・参加者:学生15名+一般5名


□問題提起

 【コーディネーターから】 山古志虫亀集落は中越大震災の被災から10年が経過し、人口は3分の2になったものの、日常生活を取り戻しつつある。村外に出た住民も折にふれ村に立寄り、行事に参加し、震災以前の村の年中行事の他にイベントが村の行事に受け入れられ、更なる活気を見せている。今年は新たに山古志ならではの見晴らしよい場所が切り開かれ音楽会(写真1)の会場となった。こうした取り組みの底流には山の暮らしの良さを引き出し豊かな生活を送ろうとする住民の意思がある。このような状況の中で、建築家や学生はどのようにかかわって行けばよいのであろうか。それが問題提起である。


写真1 山古志虫亀 薬師の杜の音楽会

 【村木薫氏から】 今年が5回目の開催年となる大地の芸術祭(越後妻有アートトリエンナーレ、第一回は2000年)は15年の歴史を積み上げて来た。越後妻有地域(十日町市、津南町)は日本有数の豪雪地帯である。その一隅をなす松代地区の1960年代の人口はおよそ1万3千人、現在は3千人台と地域の中で最も過疎化が進行した。この松代の町に村木氏は第一回から今回まで以下の概要の「土壁プロジェクト」を展開している。
  ・5回の大地の芸術祭で計10棟の民家、店舗等を修復
  ・参加メンバーは魚沼テクノスクール左官科生徒、地元の大工さん、
   旧松代町商店街や近隣の人々
  ・空き家を使った内外を表現の場とするアート作品ではなく、
   実際の生活空間に働きかける協働制作
  ・最終的に松代地域の共有財産となることを目的とする



写真2 2005年 7月 松栄館修景プロジェクト作業風景

土壁プロジェクトには次の3つの観点がある。
@地域の個性を見つめる一つの手段として生活の風景があげられる。時間に耐えてきた姿
 を修復し、つないでいくことでその場所が持っている力、魅力を引き出す。「景観」と
 いう文化の力の蓄積に期待する。
A職人と地域の人たちによる持続的な協働作業を通して、手作り感のある豊かな街並みを
 作る。私と隣近所という意識が繋がり、コミュニティーのあり方や帰属意識、そこから
 将来のことや希望を語りあう場が生まれることを促す。地域の誇りや愛着の目覚めを期
 待する。
B住民同士の日常生活が垣間見られるような肩の凝らない街並み、周辺の山や川や土地の
 由来を大事にし、その場所に根ざした必然性に寄り添い、敬意を払う。大量生産消費型
 のモノ作りではない、人とモノの関係の中にある当たり前の秩序から生まれる美しさを
 作る。平穏無事の美を目指す。

 【春日淳也氏から】 春日氏は山の暮らし再生機構の支援員として中越大震災の震央に位置する川口地区の復興に大学卒業以来かかわって来た。
地震前から過疎化は進行していたが、甚大な被害を受けた小規模な集落では20年分の過疎化が一挙に進行したとも言われ、状況は深刻である。持続可能な地域を目指した支援事業の骨格を以下に示す。
 @新しい自治の仕組みづくり事業
  ・NPO、行政などと共にこれからの地域振興・地域課題の解決に向け検討
 A集落支援事業
  ・地域活動団体の活動支援
 B新しい主体・担い手づくり
  ・地域資源の掘り起こしにインターン制度を活用する
  ・地域に人が循環し、活動できる仕掛けづくり
 活動の一環として今年始めた「木沢集落の里山ハウスプロジェクト」は、川口に移住するための入口となる拠点施設づくりである。手軽に利用できるこの施設を通して「お試し滞在」ができ、木沢集落の暮らしを学ぶことができる。1階は土日にそば屋を営んでおり、建物の2階を改造する。


写真3 里山ハウスに改造する建物


写真4 里山ハウス設計案プレゼンテーション

 春日氏は近隣の3大学(長岡造形大、長岡技術科学大学、新潟工科大学)の学生にボランティアを呼びかけ、里山ハウスの具体的なアイデアを練り上げようとしている。約10人名の学生がそれに呼応し、住民と支援員と恊働することになった。


□語り合いのシンポジオン
 【学生】 学校建築の設計の手伝いをしているが、今の建築は機能が優先されすぎているのではないか。区切りすぎていると感じている。設計者の意図しないもの(機能)がたくさんあり、利用者や時代が使い方を変化させるものなのではないか。地元の著名な美術家によれば建物は一部屋のようなざっくりとしたものが理想とのことなのだが。
 【司会者】 それは建築計画における問題である。特に学校の標準設計や、施設整備指針による補助金の存在と関連しているのではないか。
 【会場の建築計画の専門家】 1960年代の建築界は非常に面白かった。建築計画の専門家は学校があるだけでイキイキとしていたように思う。
 【学生】 学校で教える教科自体は建築の区切りのようにバラバラに区切られたものでなく繋がりがあるはずだと考えている。
 【司会】 学校や地域の固有性、あるいは教育の固性などを考える時、建築のあり方が問われているが現在の建築計画の考え方は画一的ではなかろうか。
 また、設計上は限定された用途に区切られるようではあるが、空間そのものは意図された用途を子どもたちに強いるものではなく、それらを繋ぎあわせて作られる空間は建築家のビジョンが反映されると思うし、そこに建築の可能性がある。ではその設計者達のビジョンはどうなのであろうか。
 【会場の一般の方】 往々にして繋がりたいと思いつつ、繋がらない仕掛けになっているのではないか。継承されないことが問題だ。
 【司会】 価値観を共有するコミュニティがあり、建築設計は実現される建築を利用する集団の共有する価値観を包含しつつ建築家の意図を盛り込む作業をする。その両方がうまく機能しているかいないのか。このコミュニティ感覚の希薄化は特に地域にとって大きな問題である。地域をフィールドとした取り組みにおける地域のリーダー像について考えて見るとどうか。
 【春日】 地域の構成員は年をとるもので、10年で代替わりする。地域づくりの場合「みんな」が活躍できるよう、役割を振り分けることのできる人材が重要な要素になってくる。「みんな」が活躍できる条件はそれぞれに役割分担があることなのである。地域上げての活動にこれからの地域のあり方の光明を見いだせる。
 【司会】 川口で実践されている種々の活動(学生との恊働作業など)はその地域のリーダーを醸成し、あぶり出していく作業でもあるのですね。次に松代の場合はどうか。
 【村木】 松代では時間がたっても美しいと思えるものを村人全員の共通意識の中で育てたいと考えている。あくまで「モノ」にこだわった作業であるが、信頼できるものをコミュニティの中で醸成するという作業は共通していると考えている。


写真5 シンポジウムの様子

 今回のシンポジオンは多くの学生が語りあう場を設定したものであったが、参加人数は少なかった。そのため議論がかみあうまでの深まりは得られなかった。あえて進行状況にそって報告した次第である。



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