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Vol.55 - 2016/07/08
《from 長野支所》
神城断層地震の被災地域における文化遺産レスキュー活動
─被災建物・史料救援ネットのこれまでとこれから 

梅干野成央/信州大学学術研究院工学系准教授


平成26年(2014)11月22日の夜10時頃、長野県北部を大きな地震が襲った。白馬村や小谷村を中心に、多くの建物が壊滅的な被害を受けたにもかかわらず、地縁的なつながりを礎として迅速な救助活動が行われたこともあり、幸い一人も死者を出すことなく済んだ。マスコミはこれを「白馬の奇跡」と呼んだ。

この地震では、地域の歴史を伝える文化遺産として位置づけられる民家や史料なども失われる危機に瀕した。こうした危機に対し、被災建物・史料救援ネットが発足し、古文書や民具など地域の歴史を伝える史料や、歴史的な農家など地域の暮らしを伝える建物を救援するための活動が始まった。地域にのこる文化遺産は、往々にして、地域のなかではあたりまえにあるもので、文化遺産として認識されにくい。こうした認識のなか、これらの文化遺産が、復興の過程において救い出されることなく失われてしまう事例は多くみられる。被災建物・史料救援ネットは、こうした事例に教訓を得て発足したものである。

被災建物・史料救援ネットの活動においてとりわけ特徴的な点は、史料と建物の両面から文化遺産の救援を行ったことである。建物の救援をしつつ、そのなかで確認した史料も救援する。またその逆の場合もしかりである。活動開始当初から、建物と史料の救援を連携して行い、建物部門は長谷川順一(住まい空間研究所)が代表として、史料部門は原田和彦(長野市立博物館)が代表として統括した。建物部門については、救えるものは救いたい、救えないものでも記録をのこしたい、という方針のもとに活動をすすめた。活動はSNSなどを通じてヘリテージマネージャー等に参加を呼びかけ、結果的にこの活動のなかで記録された建物は60棟にもおよぶ(写真1)。


写真1 被災建物・史料救援ネットのメンバーと小谷村の山村集落

筆者も建物部門の活動に参加し、研究室としても調査研究を進めた。小谷村の農家を対象とし、建物の被害状況の調査や間取りや造りに関する歴史的変遷についても、既往の調査研究と照らしながら、再認識することができた。また、白馬村では松本藩大町組の大庄屋をつとめた横澤家住宅(写真2)について、建物と史料の両面から調査研究を進め、普請の実態を把握することができた。


写真2 横澤家住宅の主屋

神城断層地震で被害を受けた地域は、約170年前の弘化4年(1847)にも大地震(善光寺地震)にみまわれていた。調査研究を進めた横澤家住宅の主屋も、善光寺地震で大きな被害を受け、その後に再建されたものである。この再建の様子を伝える日記には、3月22日(旧暦)の地震の発生から大小の余震が頻繁に襲うなか、地元の職人と村人たちが、一月後の4月25日に杣入(木材調達の開始)、6月4日に手斧始(木工事の開始)、8月6日に棟上(木工事の完了)、8月27日に家うつり(引っ越し)、10月27日に屋がため(完成祝い)を行うという驚異的な早さで再建を進めたことが記録されていた。今回の地震における「白馬の奇跡」の礎となった地縁的なつながりの背景が、歴史のなかに垣間見えた。

民家は、こうした歴史を伝える生きた文化遺産である。地震のあとの救援活動が一段落した現在、被災建物・史料救援ネットの活動は、生きた文化遺産への保全活動へと移行しつつある。平成27年(2015)の10月24日から12月6日まで、長野市立博物館と被災建物・史料救援ネットとの共催で「救い出された地域の記憶〜神城断層地震から一年〜」と題した活動報告の展示会を開催した(写真3)。また、平成28年(2016)に入ってからは、地元行政と連携しながら救援活動の報告会を開催している(写真4)。5月28日には、筆者も白馬村にて「文化財レスキューから見えてきた民家の歴史と伝統的知識」と題して報告を行った。定期的に開催している会議では、建物部門と史料部門の双方で、これからの方向性を模索している。地震の被害をのりこえ、文化遺産をいかした地域づくりへの発展を実現させたいと考えている。


写真3 長野市立博物館での企画展「救い出された地域の記憶」(2015.10〜12)


写真4 白馬村での活動報告会(2016.05)

*被災建物・史料救援ネットの活動経緯については、下記に詳しい。
長谷川順一:《歴史的建造物と民俗史料》廃棄の現場から救い出された歴史の記憶―長野県神城断層地震の被災地で行われた新たな試み,木の建築,第42号,pp.44-47,特定非営利活動法人 木の建築フォラム,2016.03.


 

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