支援会議の活動
学生の教育が「空間」を「場所」に変える
- 学生シャレット・ワークショップ
日本建築学会都市計画本委員会では、2005年から学会の全国大会に合わせて、全国から都市計画・建築学を学ぶ40名程度の大学院生たちを、学会開催地の周辺で5泊6日のシャレット・ワークショップを開催してきました。これはパリの国立高等美術学校(ボザール)の学生たちが設計課題の締め切り間際に、シャレット(荷車)に様々な材料や食料を載せて、泊まり込みで作品を仕上げるというスタイルを現代に置き換えたものです。
ここでは、2009年の学会東北大会(仙台)の際に、実施された青森県黒石市でのワークショップを紹介して、それがそのまま、地域のまちづくりにつながっていき、10年以上が経過した今、次につながるまち育てに成長している姿を、見ていただきたいと思います。
もちろん、優秀な大学院生と10名を超える指導陣(全国の都市計画系の大学教員)が揃ったとは言え、1週間足らずで、長年の地域の課題に対して解答を出すことは不可能だと思います。このワークショップは、学生たち(風の人)の提案をきっかけに、地域の人々(土の人)がこれからのまちづくりの担い手として育っていくことを目標にしています。しかも、学生たちもその経験をもとに、自分のキャリアに活かしていくことが出来れば幸せです。それが見事に継続しており、さらにこれからの動きが期待できる街、それが黒石です。 - 黒石で夢を描いた“風の人”とその気になった土の人
学生シャレット・ワークショップは、そのフィールドとなる全国の様々な都市で、地元自治体やまちづくり関係者、地域住民の方々に多大なご協力を得て活動してきています。2009年の黒石でも、当時の鳴海広道市長を始めとして、作業会場や学生たちの宿泊所、まち歩きのガイド、市民向けの発表会場の確保、様々なありがたい差し入れ等、地域の方々や市役所職員の皆さんに本当にお世話になりながら、学生たちが複数の提案をして、暖かく建設的な批判をいただきました。
しかし、この元気な学生たちの提案は、地域の人々の意識を覚醒させます。8月のワークショップの3ヶ月後に、市民ワークショップが開催され、翌年の1月には何人かの学生たちが全国から戻ってきて、市民と合同で議論が展開されるところまでになりました。
これまでのシャレット・ワークショップでも珍しい動きで、翌年には、学生たちの提案のうちの一つである旧松の湯再生計画を、黒石市が実際に進めることとなり、弘前大学(筆者の研究室)に委託することとなります。学生(風の人)の夢とその気になった地域の人々(土の人)の思いが、本当に地域を動かすことになったのです。
ずっと使われていない旧銭湯を掃除することから始まるプロジェクトは、2010年8月にスタートして、様々な活動を進めていきます。それと同時にワークショップの指導メンバーでもある小林正美氏と高橋潤氏に設計業務が委託され、シャレット・ワークショップは実際の地域づくりに直接関わることとなるのでした。それから約4年間、何度も地域の方々とのワークショップが重ねられていきましたが、嬉しいことに最初のシャレット・ワークショップのメンバーたちも、OBとして黒石に集まってくれました。そしてついに、2015年7月、待望の松の湯交流館が完成します。
写真2 再び集まった学生たち
写真3 完成した松の湯交流館
- エンドレスに発展し続けるまち育てワークショップ
この黒石のプロジェクトの最大の特徴は、建築学会の学生に向けた教育普及のためのプロジェクトから地域計画に結びついたことですが、それは現在も続いています。
2019年12月には、こみせ通りに存在する古い空き店舗について、地域の人々と一緒に将来を考える二日間のシャレット・ワークショップが、10年前に集まったOB、講師陣やそれ以外の年度のOBたちを集める形で、開催されたのでした。そして、それがきっかけとなって、参加OBの中から、その空き店舗をリノベーションして設計事務所を始める頼もしい人材が生まれていきます。そして地域のまちづくりNPOと一緒に、中心市街地のまち育てにもつなげるキーパーソンとして、様々な活動を始めてくれているのです(写真4、5)。 ひと夏の学生ワークショップの経験が、将来の仕事につながる形で発展していく姿を地方都市で見ることが出来、またこれからを大いに期待しながら、部会活動に関わったものとして、とても嬉しい風景が生まれていることに喜びを感じています。
写真4 ストゼン再生WS(2019.12)
写真5 2年後に建築事務所が動き始める
写真1 市民向けWS成果発表会(2009.8)
北原 啓司
参考文献
1)北原啓司:「空間」を「場所」に変えるまち育て,萌文社,2018年