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| 論争： 公共賃貸住宅 VS 家賃補助 | 
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日本建築学会関東支部住宅問題部会では、住宅政策の現状と今後のあり方を巡って、自治体による住宅政策の動向や高齢者住宅対策、まちづくりとの連携、家賃補助などに関するシンポジウムや講演会を継続的に開催しております。本稿は、去る３月４日に行われたシンポジウム”公共賃貸住宅ｖｓ家賃補助”の再現です。住宅政策の枠組みの転換を”家賃補助”をキーワードにして、議論しようと企画しました。
| 司 会 | ： | 相羽康郎（東北芸術工科大学デザイン工学部デザイン学科） |
| パネラー | ： | 塩崎賢明（神戸大学工学部建築学科） |
| 福井秀夫（東京工業大学工学部社会工学科） | ||
| 海老塚良吉（(財)建築技術教育普及センター） |
主旨説明(相羽) 近年、従来の住宅政策の枠組みにおける様々な矛盾が指摘されております。本日の趣旨は、こうした枠組みを再検討することにあります。そのため、家賃補助のあり方についての議論がかなり大きな比重を占めると思います。公共賃貸住宅には直接供給と間接供給がありまして、現在、民間賃貸住宅に対する間接供給の方策が探られているところです。これについては建設省も相当に力を入れて、10年後には1000億円ぐらいの規模のものになると想定し、この間接供給を公共的な住宅とみなすことで実施していく方針です。
一方、家賃補助については東京都区内の自治体を中心に、高齢者やその他の特定の階層に限って、一般的な家賃補助、つまり、一定水準以上の住宅を自分たちで選んで住むことに対して、その負担できる限度額以上のものについては家賃補助をするという政策が取られ始めています。しかし、建設省は非常に慎重で、一般的な家賃補助政策というものを体系的に実施するかどうかについては、疑問符がついているという状況です。
今日は、まず公共賃貸住宅の直接供給、間接供給についてどういうバランスで考えていくべきかという話と、家賃補助政策というものを住宅政策の体系の中に積極的に取り入れるべきなのかどうか、というあたりについて、なるべく論点を絞って議論したいと思います。
最初に、塩崎さんから住宅政策の転換と家賃補助について、伺います。
主題解説<住宅政策の転換と家賃補助>
私は今日、お招きいただいたことを大変光栄に存じておりますが、他方で少々困っております。シンポジウムの趣旨が「公共賃貸住宅ＶＳ家賃補助」となっておりまして、仕掛け人の方は私を公共賃貸住宅直接供給派と目されているようですが、実はあまりそうでもないのです。関西には公共賃貸住宅を重視する考え方の人が多いと思われているようですが、最近ではその中にもさまざまな議論があります。「賃貸住宅政策論」という本を２年ほど前に共同で書きました。そこでは二つの意見が激突していまして、決して一本化できていない。その中で、どちらかというと私は家賃補助を中心とした間接施策にもっと目を向ける必要があるという立場です。
それからもう１点、私は賃貸住宅のディテールについて詳しく研究しているわけではなく、住宅政策をまちづくりや住宅及び住環境の改善、向上という観点から見ています。公共賃貸さもなくば家賃補助というようには考えていません。その意味で、公共賃貸住宅派にまつりあげられるのは、ややつらいところがあります。先ほど、司会者が説明されましたように問題をクリアにする意味では、基本的に私は公共賃貸住宅ＶＳではなくて＆家賃補助という方向が相当長期にわたって必要になると思います。
はじめに最近の住宅政策論の論調をみますと、住宅政策は周辺からいろいろな改変が迫られています。家賃補助の問題はその中でも重要ですが、これだけが問題なのではないと思います。家賃補助政策だけで住宅政策の戦後の枠組みが変わるわけではなくて、そのほか都市計画と住宅政策の連携の問題とか、基礎自治体が住宅政策や、住宅計画に本格的に取り組む体制ができるかどうかという問題などと併せて、民間賃貸住宅政策、および民間・公共賃貸住宅への家賃補助、という問題があるだろうと思います。
住宅政策のパラダイム転換といわれていることについて言いますと、戦後の三本柱を中心にしたパラダイムは崩れてきているけれども、それに代わる新たな枠組みが僕はまだ見えていない。見えてくるとすれば、その中に民間賃貸住宅政策や家賃補助がきちんとビルトインされることがやはり不可欠であると思います。
<公共賃貸住宅＆家賃補助>
次に家賃補助の論点として私が考えているのは以下のようなことです。ひとつは公共賃貸住宅との関係です。住宅宅地審議会の答申の中で特優賃が出てきますが、同時に公営住宅制度そのものの見直しが提起されているわけで、特優賃が進んでいくと同時に公営住宅をどうするかという議論が今後、重要な焦点になってくるだろうと思います。
私自身は、公共賃貸住宅ＶＳではなくて＆だと言いましたように、基本的に併用していくべきだと思っているわけです。一方では公営住宅はもう結構だ、いらないという議論もあるかと思います。私が公営住宅がいると思っている理由は、やはりそれを必要とする階層が膨大にあるということです。公営住宅は収入階層で下から33％ぐらいのところまでを対象としているわけですが、それに対する現在の公営住宅の充足率は非常に低いわけで、募集をすればいつも９倍とか10倍とかの応募倍率がでる。こういう現状があるわけで、これを全く消滅させていくということは現状では正しくないだろうと思っています。また、現実的な理由として、住宅政策の最もしっかりした枠組みとして公営住宅を推進していく体制が存在していて、毎年５万戸近い数を建設しているわけです。それはまた、ＨＯＰＥ住宅など地域にユニークな住宅タイプを生み出す場合の重要なチャンスを供給している。こういったことは必ずしも公共賃貸住宅ではなくても、別のものを用意すれば不可能とは思いませんが、ともかく現在そういう役割を果しているわけです。
<賃貸住宅ストックの質の低さ>
もう１点の理由は、やはり賃貸住宅ストック全体の質の低さです。現在の公共住宅のストックがすごくいいとは思いませんが、全体として賃貸住宅ストックの、質も量も含めてもう少し向上させる上で、公営住宅の持つ役割はまだゼロになってはいないと思います。
公営住宅消滅論という考え方もあろうかと思います。イギリスではこれを積極的に売却をして、それをハウジングベネフィットの財源にしています。
イギリスのライト・トゥ・バイの結果をみますと、 150万戸ぐらいを売っているわけですが、セミデタッチドなどを安く買った人たちは、ハッピーだと思いますが、フラットやタワーブロックはなかなか売れていないという現状もある。結局それが不良ストックとして残っていっていく。また、所有関係の異なる住棟で複雑な管理をしていかなくてはいけない。そのうえ、公営住宅管理の主体を入札方式（ＣＣＴ）で決めるといった新たな問題も起こっています。そういう方向でイギリスは進んでいるわけですが、日本の公営住宅がそういう道を進むのはあまり得策ではないと思います。公営住宅を大々的に展開していくことにはならないかもしれないけれども、需要はまだまだあり、ストックは少ない。しかも、イギリスに比べてバンダリズムなども少ないと思います。管理を適正化し、きちんと維持していくほうがいいのではないかと思います。
<公共賃貸住宅建設と家賃補助のバランス>次に公共賃貸住宅の建設と家賃補助とを併用していく場合に、どちらに重点を置くべきか、あるいはどちらを先行させるべきかという問題があります。近畿大学の森本さんが、最近書かれた「大都市圏における民間賃貸住宅の位置と家賃問題」（「都市住宅学」04,1993 ）という論文の冒頭にたくさんの論点を出しておられますが、そのうちのひとつがこの問題です。そこでは「良質な民間賃貸住宅の供給が先だ」と言っておられます。私はまだこのように言い切ることができません。森本さんの趣旨は、住宅階層として見た場合に民間賃貸住宅は、福祉住宅としての公営住宅よりは上の階層のはずだが、現実には水準が非常に低い。上の階層の水準が低いままでは全体の水準を上げることができないから、まずここを引き上げるのが実際的と言うわけです。しかし私は、公共賃貸住宅が少ないために、低所得者が民間賃貸に流れており、本来、民間賃貸住宅が福祉階層よりは上のところを担うと言っても、実際に最底辺層も民間賃貸に住んでいるわけです。そこをきちんと整理する必要があると思います。
水準が逆転している問題についても半分正しいと思います。最低居住水準などをみると民間賃貸住宅はもちろん低いわけですが、公共賃貸住宅の方が一層ひどいので、その点では当たっていない。しかし、これは家族数の大きさから出てくる結果です。物的な水準は民間賃貸住宅の下半分のほうが公共賃貸より悪い。その点では森本さんが言うのは当たっています。民間賃貸住宅の水準を引き上げるという必要性がそこから生ずるわけです。
しかし私の観点では、重要なのは公営入居階層と民借の下半分に入っている人たちに対する施策が充実されることです。そこをあいまいにしたままで、民間賃貸住宅の供給が先では、その言葉の中に、民賃のどのあたりをねらうのかが捨象される危険性がある。そこをしっかり見ないといけないのではないかと思います。
ですから下のほうをきちんとするという点がはっきりしていれば、直接でも間接でもどちらでもいいのではないかと思います。ただ、森本さんの議論では民賃政策として一貫した方策を取るという観点で、「民間賃貸住宅に対する間接的施策を先行させるほうが有利だ」とおっしゃっているのではないかと推測しています。私の場合は、その真ん中より下なのか上なのかというところを分けて施策をつくることが重要なのではないかと思っています。
<家賃補助の性格づけ>大きめな二つ目は、家賃補助の性格づけです。これについては三点あります。第一に供給サイドか需要サイドかということです。言い換えれば建設費補助でいくのか、入居者に対する家賃補助でいくのかということです。ここでは一応家賃補助の問題だと考えていきます。第二に家賃補助の場合、家主に対して補助をするのか、借家人に対して補助をするのかという問題です。借家人に対して補助をすると税金がかかってくるとか、垂れ流しになるということがあり、全体として市場家賃を押し上げていく可能性が高という問題があります。第三にものに即して補助するのか、ものによらずに人に補助するのかという問題もそこに帰着するわけです。ものによらず人に補助するというのは、住宅の如何によらずに借家人に補助するということですが、その場合、当然垂れ流しによる危険性がある。現時点では、このものによらず借家人に直接補助するというのは、住宅サイドだけでやる場合に非常に危険性が伴うと思います。これは、所得再配分政策全体の中でほかの政策と併せて考るべきだろうと思います。
この点は、例えばアメリカのセクション・エイトの後に実施されている施策だとか、大阪市で新婚向けに対して行われているものなどがややこれに近いわけです。一定の用件を満たせば住宅の質をほとんど見ずに、大阪市内ならどこでもいいという形で補助しています。それも相当の規模になるといわれています。このあたりの動向を見ていく必要があると思います。大阪市の話では、「住宅政策という面もあるけれども、人口回復、あるいは人口定着という、より上位の政策判断によって行われている」とのことです。
それから低所得者向けか、中所得者向けかという問題は先ほどもふれましたが、やはり特優賃のような政策の場合、一番気になる点です。私はこういった政策が法律の形で出てきたことを歓迎します。住宅政策の枠組みを変える上で重要な役割を果たしうると思います。ただ、現在の特優賃の制度は低所得者にはなかなかしんどい内容で、毎年５％の容積アップでやがて市場家賃に長て20年、おそらく10年ぐらいですりつくだろうと言われています。結局は民間賃貸住宅に対する施策と言うものの、実際にはその中の上層部分に対する施策に帰着するのではないかと思います。しかし、もしこの内容を改善させることができるなら、それはそれでいいわけです。例えばいまの制度でも家賃を３％で上げていく福祉型というのがありますが、非常に少ない。もし、その割合を飛躍的に高めていくならば、公共住宅の直接建設に代わるものとして期待が持てます。
<公営住宅政策における公平性>最後に、公営住宅についての論点として、家賃補助との関係で公平性の問題があります。公営住宅は入居した人の居住の安定性を保障する効果は大きいですが、当たらなかった人は絶望的です。私も二、三回申し込んだけれど全く当たらない。そのうちに、共稼ぎになって全く縁がなくなったという国民の１人です。
この問題について、福井大学の玉置先生が詳しいモデル計算をしておられます。さまざまな補助金を公営、公団、公庫と比べてみると、公営住宅への直接の投入額は大きいのですが、全部ならしてみると公営住宅の入居者は公庫に比べて３倍から４倍の額を得ている。公団の人たちも２倍くらいの補助金を得ている。そこに大きな不公平性があるわけですが、他方で、これを公営、公庫、公団が対象としている階層全体にならして比較する。例えば、平成３年度の予算で、公営は６万3000戸、公団は２万5000戸、公庫は55万戸という計画です。対象階層は収入５分位でいうと、公営はだいたい１から２階層、公団は３から４階層の真ん中まで、公庫はそれより上ですから40％、30％、30％ぐらいの割合です。すると一世帯当たりの得るはずの補助金額は逆に公営１に対して公庫は３倍ぐらいになる。もちろん当たらない人や、必要としない人もいるわけですが、国民全体に階層対策がどういう効果を持っているかというと、収入５分位の４から上の階層に１、２階層の３倍の施策を打っているとみることができる。
公平性の問題は公共賃貸と家賃補助の関係において一つの論点ですが、他方で持家施策と賃貸住宅施策の間の公平性も見なければいけない。ですから、持ち家補助施策を受ける人はある意味で破格の恩恵に浴しているわけです。これを賃貸住宅施策に替えることが不公平是正のひとつです。もう１点は直接供給における当たった人と当たらない人との不公平を是正する。この２点から考える必要があると思います。
私のレジュメは「公共賃貸住宅の直接供給から民間借家居住者への家賃補助へ」というタイトルで書かせていただきました。一般にシンポジウムは、自分の言いたいことを言うだけで終わることが多いものですが、ぜひとも今日は話題を絞り込みまして、かみ合った議論をしたいと考えています。公共賃貸住宅の供給ももちろん重要ですし、公庫の持ち家施策も住宅施策としては重要である。それぞれ重要な中で、実際の予算配分の時にウエートをつけなければならない。そこでもう１歩価値判断を踏み込んで、塩崎さんの言葉で言うと、私もＶＳではなくて＆ですが、その＆の時の左と右の比重についての議論にまで踏み込んでみたいというのが私の今回のシンポジウムに対する期待です。
初めに、塩崎さんに対する論争点として、議論を明確にするために、私は敢えて公共賃貸住宅から家賃補助へ次第に重点を移行すべきであると発言したいと思います。塩崎さんは『賃貸住宅政策論』で「公共賃貸住宅は長年にわたって冷遇され、近年の地価高騰の中で一層窮地に立たされているが、行政が直接責任を持って住宅対策を実行し得る最大の分野であることには変わりはない。わが国では全般的なストックの低質性があり、加えて公共住宅ストックのウエイトが各国と比べても小さいことから、相当長期にわたって公共住宅の直接供給の重要性が減少することはないだろう」と述べています。
住宅予算が国の予算の中で、せいぜい１％前後ぐらいであり、もちろん住宅関係の仕事をしている者として大きく増やしてもらいたいとは思いますが、そうはなかなか増やせない。そういう中では公共賃貸住宅の役割は評価しつつも、この予算の一部を削減して家賃補助に向けるという予算編成をしていいのではないかと考えております。
ここで注意していただきたいのは、公共賃貸住宅の中で、実際には公営住宅と公社賃貸住宅と公団賃貸住宅があるわけですが、そのどこを減らすのか、また、予算は国の予算と公営公社については地方公共団体の予算が財源となっていますが、そのどちらかということについてはまだ分析していません。
<民間賃貸住宅の地代相当額の低廉性>家賃補助に振り向けるべきと考える理由の１点目は、地価の高騰している日本の現状での土地所有者による賃貸住宅供給の有利性です。民間賃貸住宅の家賃に占める年間の地代相当額は、その土地の評価額のおおむね１％前後になります。郊外では、ほとんど地代相当額が出なくても供給されています。
例えば、用地費が4000万円ぐらい、工事費が2000万円、合わせて6000万円ぐらいの原価の住宅を想定しまして、民間ですと用地費が4000万円に対して月額おおむね３万円程度、そして工事費の2000万円に対して月額12万円程度、合計すると15万円ぐらいの家賃で供給される。それが公団の場合では地代相当額を市街地住宅については、国からの利子補給金を受けて 3.5％の地代相当額で計算しているのですが、それでも4000万円に対して月額で約12万円ぐらいになります。工事費に対しては民間よりもやや償却費等が有利ですので10万円ぐらいになりまして、合計で22万円ぐらいの家賃になる。これが原価家賃でして、実際には民間よりある程度安くしないと政策目的と合いませんので、15万円よりやや安くなるような家賃で供給されており、その差額は、公団の内部財源等で賄われています。
土地購入費等の借入金利相当額が地代相当額という算定方式は、公営住宅や公社賃貸住宅についても原則として同様です。これらの公共賃貸住宅の家賃の算定方式は、戦前ないしは戦争直後に策定されたもので、現在では改訂が必要と思われます。このように公共賃貸住宅では高い地代相当額になりますが、民間借家ですと高い地価の問題がクリアできるという有利性があります。
<公共賃貸住宅の財政負担>２点目は、公共賃貸住宅の大きな財政負担の問題です。公営住宅では、国の補助が、建設費、用地費とも第１種公営住宅ですと２分の１、第２種ですと３分の２の補助がありますが、その他に地方公共団体が一般財源からかなりの持ち出しで家賃の政策減額を行っています。これは公社賃貸住宅についても同様で、自治体の一般財源から相当な額の補助が出ないと民間よりも安い賃貸住宅にはならない。ですから財政負担が大変ですのでなかなか供給戸数が増やせません。公団の場合も、内部財源を使って家賃を下げていますが、これもかなりの負担になりますので、賃貸住宅供給が政策目的としては必要ですが、それをなかなか増やしきれない。分譲住宅ですと民間と十分競争できるのですが、民間の市場を荒らすことになるということで限定的にしか認められておりません。新規賃貸住宅供給については、民間賃貸に委ねたほうが経済効率が高いということになります。
但し、経済効率が良いからといって公共賃貸住宅を全面的に停止していいかと言いますと、そうは思っておりません。例えばドイツにしてもアメリカにしても、家賃補助に住宅政策がシフトして、直接供給が減ったため、やはり経済的弱者の問題が生じて、揺り戻しが起きております。ドイツですと1989年から社会住宅の建設が再び上向きになっていますし、アメリカでも公営住宅の建設が僅かですが復活しております。日本でも公営住宅が必要な対象層がありますが、経済効率の面から言うと公共賃貸住宅の効率は現状では非常に低い。
<民間借家への住宅予算の国際比較>３点目は、住宅予算の国際比較の中で日本の住宅予算を見ますと、先進４カ国と比べて民間借家に対する配分がかなり少ないという現実です。お配りしました表は、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスと日本の住宅予算５カ国の比較をしたものです。
日本の住宅予算が92年度で言いますと、１兆2600億円ありました。その他に住宅関連減税で4800億円ありますので、合計で１兆7000億円となります。この合計が住宅の所有関係別にどこに配分されたかですが、このうちの27％が公営住宅に振り向けられています。公営住宅以外の公的借家、日本ですと公団住宅ですが、これに1600億円、全体の９％が振り分けられています。民間借家はわずかで、昨年度ですと特優賃が 270億円ありましたが、全体から見れば２％です。持家に対しては公庫の利子補給金で4000億円弱、率にして22％が支出され、そのほかに減税分として28％ありますので５割近くが持家に配分されているということです。
そのようなやり方でほかの４カ国を比べますと、日本の民間借家への予算が非常に少ないということがわかります。ちなみに一番民間借家への補助が低いと思われるのはアメリカですが、アメリカでも住宅予算等の合計の10％を家賃補助に振り向けていますし、イギリスですと20％です。イギリスは民間借家のストックの割合が全住宅の10％と少ないので、予算密度と言いましょうか、住宅予算率／住宅ストック率は 2.0になっています。平均の 2.0倍の予算を投入していることになります。ドイツ、フランスについては予算上、うまく分解できないのですが、おそらく相当の予算が家賃補助として民間借家に投入されています。日本では公営住宅については平均の 5.4倍の予算密度、公団については 4.5という数字が出ています。これは他の欧米４カ国と比べて、かなり手厚い状況になっています。
<限度額家賃の算定方式の改訂>福井さんとの論争点は、「限度額家賃」についてです。福井さんは以前、「ビジネスとしての借家経営が成立しないことは歓迎すべきことではない。日本の賃貸住宅経営は非常に地代が少なくて、正常の利潤率を得ていない」とされています。建設省の担当の方も、現在の市場家賃が地価水準に対して異常に低い水準にあるとしまして「公的融資を受けた賃貸住宅の家賃の限度額算定基準をこれに合わせることはできない。地主の正常な土地資産からの利潤を阻害できないからだ」としています。
公的賃貸住宅の算定方式があるのと同様に、公的融資を受けた民間の賃貸住宅の限度額家賃の算定方式が各制度毎にあるのですが、これも戦後すぐに作られた基準が原型となって使われており、地代相当額は土地評価額の利子相当額分、５〜６％の水準とされています。そのため限度額家賃はかなりの高い金額になりますが、実際の家賃はずっと低い市場家賃に合わせて設定されています。
福井さんは、地主や家主の好意とか犠牲により住居費の低下を図るのは住宅政策としては好ましいことではないという意見を表明されています。私も地代家賃統制令のような強引なやり方が、家主や地主にかつては犠牲を強いていたと考えていますが、現在の新規の賃貸住宅の家賃の地代相当額はそういう状況にはなっていないと考えています。
土地は目減りもしないし、燃えもしない、資産として非常に有利だと考えられておりますので、１％程度でも十分資産として選択されるということです。私は１％程度の水準が、現在の高地価の下では適正な利益水準だと考えております。そのため民間の市場家賃ではこの水準で均衡しているのだと考えております。従って、特優賃等の公的融資を受けた民間賃貸住宅の家賃限度額の算定方式を改訂して、５〜６％という水準を１％ぐらいに下げるべきと考えています。
これがどういう意味を持っているかと言いますと、公共が家賃補助をする場合の市場家賃の安定化に、限度額家賃が重要な意味をもってきます。そしてこの地代相当額の考え方を、公的賃貸住宅の算定方式にも適用していただきたいと考えております。
現在、都市住宅学会においても、学際的な住宅論、土地論が中心的な課題であるとの認識の下、異分野の学者の結集が始まっています。住宅・土地分野でも、いろいろな出身分野の者がフランクに議論を戦わせ、それを住宅政策に反映していくという回路を確立すべき時期にきていると思います。
<土地問題の根源的認識>まず、住宅政策や土地政策の根源的な尺度とは何かについて、あえて誤解を恐れずに申し上げますと、第一は、低廉で良質な住宅、しかも適度な通勤距離の住宅がすべての市民の手に渡るようにすることが、住宅政策の基本目標として非常に重要だと思います。第二は、土地問題や住宅問題の解決が日本の経済社会や産業の活性化、技術革新につながっていくという回路ができあがることも重要と考えます。このような観点から、住宅政策、なかんずく本日のテーマである公的住宅政策について考えてみたいと思います。
<制度インフラの整備>第１点目は、住宅政策の基本は、大きなシェアを占める民間市場の整備を行うことに重点を置かざるを得ないという点です。これは公的住宅政策が不要であるとか、あるいは公的な関与の必要性が薄いということではありません。市場が円滑に機能するように公的な関与を厳正かつ的確になしていくことこそ、住宅政策の重要な役割ではないかという意味合いを込めて言うものです。
最近、「制度インフラ」という言葉を考えています。通常、インフラストラクチャーとは、道路、公園、下水道、堤防といったハードの基盤施設のことを指しますが、むしろ日本では、土地・住宅政策の制度的なインフラ、具体的には土地税制、建築規制、都市計画規制、土地取引規制、あるいは私法秩序等の土地・住宅・都市を取り巻く環境としての制度の整備が不十分ではないというのが私の認識です。
<土地保有税>制度インフラで特に重要だと思われるテーマを挙げます。まず第１が土地税制の問題。市場の円滑な機能という意味で、土地税制の市場への関与が遅れていることは大きな問題です。具体的には宅地供給、土地利用転換を適切に誘導していくような土地税制の枠組みの確立が重要だと思います。特に大都市圏での高地価を前提として、勤労者が良質で低廉な住宅を取得できるようにするためには何が必要かと言いますと、土地利用転換の円滑化による有効利用が不可欠です。低未利用地、農地の宅地化の問題、既成市街地の住環境・防災性の劣った低層住宅密集市街地の問題など、土地利用問題は多方面にわたります。コミュニティーの維持や低所得者保護をも可能とする土地利用転換を誘導していくための枠組みとしては、土地税制が有効です。
固定資産税、都市計画税、地価税などの土地保有税については、零細な土地所有者を保護したり、借家人の立ち退きや追い出しにならないように、緩和すべしという議論が一方では強いのですが、このような零細な土地所有・利用に係る権利それ自体により分配を行うことは、土地の非有効利用を温存させ、高い地価、高い住宅価格、悪い環境が存置されることにつながります。保有税は一律に強化することこそ、土地税制の方向なのです。
<複数の目的には複数の手段で>この場合にコミュニティーの崩壊の問題や居住継続の問題を生じるという側面はあります。しかし、保有税を緩和することは、既得権益を持った人たちの無秩序な土地利用形態のまま恒久化することにつながります。このような弱者保護の分野こそ、公的な住宅政策、本日のテーマでもある家賃補助や公的な直接供給、具体的には公営住宅などによって公的に保証していくべきであり、それとセットで保有税を強化することこそ、弱者保護の本来の姿です。
その意味で、「複数の目的には複数の手段」（岩田・小林・福井(1992)32頁）が必要なわけであり、複数の目的をひとつの手段、そのさじ加減でもって采配しようとするところから無理が生じるということを強調しておきます。
<土地キャピタルゲイン税による再分配・再投資のサーキット>さらに、土地税制としては、キャピタルゲイン税の強化という課題が重要になります。 キャピタルゲイン税は、土地の値上がり益（取得時価格と売却時価格の差）に対し、高率の譲渡課税をかけるものです。譲渡課税を強化すると、土地の流動化が阻害されてロック・イン・エフェクト（凍結効果）が生じるという議論が一部にあります。しかし、譲渡課税を強化しても凍結効果が起こらず、かつ、土地の有効利用や開発利益の還元にも資するような道筋は存在し得るのだといういことは、岩田(1977)や八田(1989)により論証されています。したがって、むしろ土地キャピタルゲイン税の強化により実質的には土地を国有化、公有化することによって、そこで得た財源を公的な住宅施策に還元させるという、巽(1983)、巽・高田(1988)などにいう「再分配・再投資のサーキット」を財政や住宅政策のシステムとして確立することが、いまの日本にとって重要なことです。
このような道筋こそ、普遍的市民の利益に合致するものであり、すべての弱者を救うという意味で分配の公正に合致するやり方だと思います。これもやはり「複数の目的には複数の手段で」という考え方の帰結です。
<建物課税は軽く>また、建物に対する課税が非常に重い。評価額格差をも背景として、土地と比べて建物に対する固定資産税、登録免許税、不動産取得税は相対的に重い。このため、良質な住宅ストックを形成しようという投資意欲を抑制しています。建物の減税で必要になる財源は、土地税制の強化でもってまかなうこととし、建物税制は大幅緩和ないし撤廃、土地税制については譲渡税も保有税も含めて強化し、キャピタルゲイン税を目指す方向で土地住宅対策や弱者保護の財源を捻出することこそ、むしろすっきりした税体系になるはずです。
<都市計画・建築規制による外部不経済の排除>都市計画・建築規制も問題が多い。ご承知のように日本の都市計画・建築規制には、「計画なければ開発なし」を原則とするドイツの都市計画などと比べて、無秩序な市街地が容易に形成されてしまいます。その点、市場を重視するからといって計画が不要というわけでなく、むしろ計画規制を厳密にすることと、市場のインセンティブをうまく連動させるといういわば車の車輪によってこそ良好な土地利用転換が可能になると思います。土地税制を強化して、土地利用転換圧力が高まった場合に、計画により良好な土地利用へと追い込んでいくという発想が必要です。
現行都市計画・建築規制の脆弱な「建築自由」が原則に近いような状態のままで、単に土地税制を強化するだけでは、当然ながらミニ開発やスプロールや無秩序な街並みの形成といった副作用が発生しかねないわけです。これに対し、例えば空地を確保したり、住宅や環境に必要なインフラを確保したり、敷地の共同化を促進していくためには、予め厳密な都市計画・建築規制を敷いておいて、いかに土地利用転換圧力が高まったとしても外部不経済が発生しない転換以外は許さないようにする必要があります。
そこで、都市環境や土地利用の良好性を厳密に担保するための用途地域の指定、高さ制限、斜線制限等を、より厳密な形で整備して立法化する必要があると思いますし、敷地の共同化に対するインセンティブがないという現行の都市計画・建築規制の問題に対し、敷地の零細化を抑制し、共同化を促進する制度を内在化させておくことが必要です。例えば、敷地規模別容積率制度、あるいは共同化促進税制といったインセンティブが税制や都市計画規制の中にビルトインされることが重要です。
総括すると、やはり土地税制と都市計画・建築規制は車の両輪であり、土地税制で転換圧力を高めたエネルギーが無秩序な方向に向かわないようにするための枠を決めるものとして都市計画・建築規制が重要な役割を担う。この両者の大きな枠組みの下で住宅政策のディテールを設計していくというシステムが望ましいということになります。
<借地借家法の自由化>借地借家法も依然問題を抱えています。福井(1994)で詳しく論じたので詳細は省略しますが、基本的には現在の借地借家法制は、1941年に、戦時緊急立法として導入された正当事由制度が大きいウェイトを占めており、新借地借家法でも基本的枠組みはそのまま維持されています。正当事由制度では、貸し手の返還請求に対して、借り手の事情と貸し手の事情を比較考慮して、貸し手が必要だからといっても直ちには返還を求めることはできないという運用が定着しています。
例えば立退料について、裁判事例を分析したところ、過去に受け取った総賃料の数倍の立退料を払わないと基本的には返還が認められないという傾向があります。要するに貸家経営で、土地利用転換をしようという場合には、いままでに受け取った経済的利益の数倍にのぼるような立退料を払わないと、新たな土地利用ができない、という実態があるのです。これは既存借家人の保護にはなっていますが、このような高額の立退料が貸家供給者のインセンティブを損ねている危険性が強いです。
また、裁判上継続賃料は必ず市場賃料よりも抑制されるため、正当事由と相まって、供給行動に歪みが生じて、回転の早いワンルーム借家市場の肥大化がもたらされています。このため、正当事由制度廃止ないし定期借家権の創設と継続賃料抑制主義の撤廃が立法上不可欠です。だからと言って、別に地家主の肩を持っているわけではありません。地家主が期間満了で立ち退きを求めることができるようにしたとき、弱者の受け皿は公的な住宅政策の役割であり、家賃補助や公営住宅によって責任を持って救済する。このようなシステムを連動させた上で、借家法は自由化する。土地利用も都市計画・建築規制でいい方向に追い込むのであれば、望ましい市街地像の形成にも住宅福祉にも役立つはずです。
また、貸手と借り手のキャピタルゲインの分配という問題が従来からよく指摘されます。借家権価格や借地権価格が発生しにくくなれば、貸手側が土地の利益を全部丸取りすることになるから問題だ、だからそれを借り手との間で分配すべきではないかという議論です。この議論は間違いだと思います。基本的に地価の上昇益はインフラ整備や土地利用規制という一般納税者等の負担によって発生した公的な効果であり、公共に返していただくというのが筋です。これを私的に分配するという発想自体に問題があると思います。土地税制によってキャピタルゲインを公共化した上で、借地借家の自由化と公的な住宅政策による弱者の保護を図る、このような市民全体の福利厚生を高める包括的システムをグランドデザインとして描きたいと考えます。
整理をすると、借家制度改善のポイントは、定期借家権、ないし、あらかじめ当事者が合意した期限に確定的に借家権が消滅するような制度を立法的に導入することが第一。継続賃料が市場賃料と連動するように裁判所の判定基準を立法により変更することが第二。住宅政策や福祉対策により弱者の受け皿が居住継続あるいは近隣地での公営住宅への優先入居等も含めて担保されていることが第三。土地キャピタル・ゲイン税制により、投機抑制と開発利益の吸収を図ることが第第四。これらが借地借家をめぐる法システムの今後の方向であると考えます。やはり、「複数の目的には複数の手段」が必要なのです。
また、「高密度・共同建て中心の大都市居住」が大都市の市街地像として必要なことであり、良好な環境を伴った高密度・共同建て居住をコンセンサスとしてつくる必要があります。例えば大都市中心部で戸建て住宅に居住したいというのであれば、土地税制を通じて、犠牲となっている第３者の利益たる機会費用を負担させなければならないはずです。
<持家・借家の自由な選択>塩崎さんもご指摘のように、現在の公的住宅施策は、持借バランスを著しく持ち家に特化させているという点で非常に問題があります。公庫融資は、貸家融資もありますが、持ち家融資が実質上ほとんどのシェアを占めています。そして、住宅ローンを借りた時の利子控除。借家に家賃控除はないわけですから、持ち家が税制上優遇されるバイアスがかかっている。このように持ち家に有利な側面を残しておくのは問題で、ローン控除をやるなら家賃控除もやるべきだし、ローン控除をやめてしまって家賃控除もやらないとの選択もある。ニュートラルにするのが基本です。
もうひとつの問題は、潜在的な地家主の供給マインドをシミュレーションすれば、借家法制の影響でファミリー向け借家の供給はなされにくい。この点でも、結果として持ち家のほうが優遇されています。そのうえ、「アフォーダブル住宅」などといって巨額の賃貸住宅助成を正当化する議論もあります。制度のベースそのものを持ち家有利にしておいて、それらを直さずに無限定な賃貸への財政投入を図るのは筋が違うはずです。持ち家には持ち家のよさがあり、借家には借家のよさがありますから、住み手の持ち家と借家の自由な選択を可能にするような制度インフラの整備が重要です。単に、家賃補助額の拡大とか公営住宅の拡大というよりは、市場での住宅供給の活性化によって、市場家賃自体を下げられる限り下げる。その上で、公的な保護の手を差し伸べなければならない階層に対しては、全面的に手厚い保護の手を差し伸べるといった方向こそ、住宅政策における市場と公的施策との連動の適切なあり方なのです。
<公平性の確保>また、家賃補助の財源に関して、国や自治体が責任を持つという議論があります。しかし、財源が天から降ってくるわけではなく、必ずだれかが負担をしているわけですから、だれがだれのために、どのような目的でどういう効果のある負担をするかということを検証することが重要だと思います。住宅政策のお金の使われ方に関する公平性の担保に関しても、踏み込んだ検討が必要です。塩崎さんの御指摘のとおり、いまの公営住宅や公団住宅の管理、入居者選定には不合理な点が多くあり、これらをもっと一般に開かれた制度にすべきです。１人でも多くを救済するという発想も管理の適正化と並んで重要だと思われます。
<家賃補助か公的直接供給か>家賃補助と公的直接供給の選択の問題がありますが、塩崎・竹山編（1992）の１章、５章など少なくとも塩崎さんが書かれたところは基本的にはほとんど賛成です。特に167ページで�，�ら�い泙如�家賃補助の意義として整理されている部分、まさにこのとおりだと思います。居住の安定の確保、格差是正、さらに供給促進、水準向上という公的目的に合致するように適切に家賃補助のターゲットを絞っていく。この発想での政策転換が必要だと思われます。現在の住宅政策はやはり公的直接供給至上主義的な側面があり、管理コスト、コミュニティの問題ゆえ見直しが必要です。
<救うべきはだれか>「救うべきはだれか」という点で、やや挑戦的な言い方かもしれませんが、「生活を守る視点」、「住民参加」、「アフォーダブル住宅」あるいは「都市の成長管理」といった議論がよくあります。これらは一歩誤ると、前からそこに土地や建物を持っていたり、居住している人たちの既得権益擁護のイデオロギーに転化しかねないという危険性をはらんでいます。冒頭に述べたように、住宅・土地政策の重要な役割は、すべての市民が低廉で良質な住宅に入居しやすくするということですから、グローバルに考えるべきです。そこの住民だけ、そこの地域だけという発想ではなく、日本全国あるいは地球規模で考えた住宅政策が重要です。そこで、「政策論」を議論するマナーとして、あらゆる利害を公平にてんびんに乗せ、利益衡量の上で政策論の解を出す姿勢が重要と考えます。
最後に、海老塚さんから私へのご指摘についてお答えします。
地代利回りが地価の１％前後ぐらいになるのは、土地価格が異常に高いためだと思います。ただ、土地のキャピタルゲイン税ですが、なぜ１％で土地を持って賃貸住宅を経営するインセンティブがあるかという根っこをたどりますと、「土地の転売益が得られる、将来のキャピタルゲイン期待があるからいまは１％でもいい」となります。もうひとつは相続税です。ご承知のように、金融資産に比べて土地の評価額はかなり低く、賃貸住宅を建てればさらに相続税の軽減措置もある。将来のキャピタルゲインや節税を考えれば有利なので、賃貸住宅経営だけでは全然採算の取れない、歪んだ形での供給が普遍的になってしまっています。だから１％それ自体は地価の異常性を示すものですが、その地価の異常性の根源をたどっていくと、譲渡税、保有税、相続税といった土地税制のシステムや、土地を資産として保有することの有利性により、土地が公共化、社会化されていないという状況に行き着かざるを得ません。したがって、キャピタルゲイン税の導入や金融資産と同等な相続税評価、保有税の強化などを実施していけば、将来的には株式や定期預金とそれほど格差のない利回り水準まで地価水準自体が下落するはずです。
第２点目の塩崎さんのご指摘もそのとおりです。福祉予算のシミュレーションもまだ解明されていません。日本の政策担当者もアカデミズムの世界も、税制・都市計画等が連動した時の全体の財政の姿がどのようになるかというデザインまではまだ手がついていません。税制だけを強化して、追い出される人が出てから、福祉施策がなされても仕方がない。福祉施策、弱者保護施策と土地税制・都市計画の強化、借地借家法の自由化はやはり車の両輪であり、同時履行の関係に立つべき施策だと考えます。
第３点目、民間賃貸のファミリー住宅がなぜ阻害されているのかという点です。大きく三つの要因があると考えます。第一は、キャピタルゲイン税が日本で完備していないこと。なぜ持ち家指向かというと、土地のキャピタルゲインが大きな役割を果たしており、バブルが崩壊したとはいえ、土地神話の火はまだくすぶっています。土地税制上、持ち家が有利であること自体が、ファミリー向け賃貸住宅の阻害要因の一つです。
第二は、持ち家政策。既に述べたように、具体的にはローン控除、持ち家中心の公庫融資システム、これらが借家と持ち家の資産選択の側面で、持ち家を有利にしており、賃貸住宅の阻害要因に働いていることも否定できない。
第三は、これが最大の要因だと思われますが、借家法制の問題。福井(1994)で論じたように、ファミリー向けで賃料さえ確保できればいいのだと割り切ることは貸手にとって法的に非常に危険な選択です。借り手が短期間で回転するような賃貸借関係でないと有利にならない。子供が小さい家族などとの間で借家契約を結ぶと、居住期間が長期化し、自発的には利用関係が終了しにくい。これに対して、ワンルームとか１Ｋとかであれば、単身サラリーマンや学生が中心で、結婚や就職で転居していく可能性が大きい。そのうえ、新規入居者との間では、借家法制上、家賃の規律は全くない。新規で設定し続ける限りは家賃の上昇は実質的に自由にできる。こういう歪みが借家制度上あるのです。その結果、単身向けの短期賃貸借関係を繰り返すことで、収益性の低下を免れ、巨額の立退料の支払いなどの制約からも解放される。
こうした一般の市場における借家に比べて、「借り上げ社宅」ではファミリー向けがたくさん供給されている点も注目されます。法人向けに貸すということは、長期間居住しても最大限退職年齢まで、転勤があればいなくなる。トラブルも少ない。借家法のバイパスとして機能する相手の場合、ファミリー向けも供給されるという特殊な市場になっています。
この議論に関連して、森本(1994)のように借家法の影響に関して、現在でも貸家は十分供給されている、ワンルームマンションが多い理由は借家法によるものではないとする議論があります。しかし、貸家の採算性を、賃料や権利金といった金銭的な利益だけで判断して貸家供給するという人たちはそうはいません。やはり相続税のバイアスがかなりの程度効いています。だから、ワンルームには立地上不適当な郊外では、ファミリー向けが採算を度外視して供給されているように見えるのは、借家法の影響ではないのです。また、森本(1994)では、ファミリー向けは総額が高くなり過ぎて負担できないから少ない、家賃単価も低いとしています。これは立地等の差を無視した議論であり、現実のファミリー向け住宅は通常、ワンルームより立地において劣っている。ワンルームが駅前周辺等利便性の高い所にあって、やや離れたところにファミリー向けが立地することが多い。そうすると家賃単価については駅や都心からの距離とか、周辺施設の充実度など要因分解をしないとわからないので、ファミリー向けの単価が低いのは立地の遠隔性等のためだという要因もあります。さらに、ファミリー向けの単価が低いのは、判例を分析すれば明らかなように、いったんファミリーに貸してしまった借家契約は更新を繰り返すにつれて市場賃料との格差が永遠に開き続けるという運命です。それを繰り返しているファミリー住宅のストックを反映した統計データは、継続賃料であるという点を考慮しないと、単純にファミリーとワンルームを比べてファミリーの賃料の単価が低いという分析は妥当でないのです。
なお、低所得者救済、コミュニティーの崩壊の抑止という点では、市場の賃料が下がらないと、低所得者も救済できないし、コミュニティも維持できない。やはり土地利用転換の質・量・速度を上げることを基本にしつつ、それでまかなえないところは公的に全面的に面倒をみていく。こういう構造がないと家賃補助や住宅政策一般にしても、うまくいかない。その意味でもやはり市場と計画の適切な連動が必要不可欠なのです。
そして、日本のまちづくりや住宅政策に関しては、「実感信仰」が非常に強いと思います。目の前に見える現象、例えば、地上げ屋が出てきて、お年寄りが追い出されるなどという構図は、確かに耳目を引くものの、丸山（1961）の指摘通り、建設的ではありません。都市・土地論の実感信仰をいまこそ排除して、クールヘッド、ウォームマインドで規範追求にアプローチしていくというセンス、感受性が大事だと思います。また、人間は制度や町の主人であってその逆ではないはずですから、「である町」から「する町」へ、「する論理」や「する価値」への転換という言い方もできると思います。
討論
特優賃の場合、建設省は毎年２万戸を累積して10年間で20万戸、その10年後の時点に1000億円ぐらいの特優賃の家賃補助等の財源が必要であろうと推定しているようですが、場合によってそれが倍増されて40万戸ぐらいになれば2000億円となりますが、その時の財源をいまの住宅予算の配分の中でどうするかを明確に議論したいのです。
端的に言うと、公営住宅の4500億円から、５年後とか10年後には1000億円削減してもいいのではないかと考えています。塩崎さんは先ほどのご発言から持ち家の財源、住宅金融公庫利子補給金3900億円と減税額の4800億円から振り向けると考えているようです。日本の持ち家に対する予算の配分は、イギリスやドイツよりは多そうですが、アメリカよりは少ない。持ち家に対しては日本はそれほど優遇されているわけではない。それに対して公営住宅は、イギリスは19％のストックに予算配分が32％、日本は５％ぐらいのストックに27％の予算配分という状況にあります。
福井さんへの次の論争点です。建設省の方が一般的に厳密な家賃補助の言葉の使い分けをしておりまして、いま特優賃で行っているのは家賃対策補助であって一般的な家賃補助ではないと言っております。初期の家賃の負担を軽減するための家賃補助で、しかも住宅に着目しており他の先進諸国でやっているような家賃補助とは違うということを言っています。家賃補助は一般にはモノから人への補助と言われるのですが、私は家賃補助を二つに区分して考えまして、世帯を主たる対象とする家賃補助、これが欧米先進国でやっているものですが、それと住宅を主たる対象とした家賃補助に分けて考える。建設省の家賃対策補助というのは後者の「住宅を主たる対象とした家賃補助」で、モノが主体の家賃補助だと考えております。そうすると具体的にはどんな問題が生じますかというと、家賃補助が世帯を対象としておりませんので、塩崎さんが言った民間借家の居住者を所得階層を二つに分けて低いほうが落ちているとおっしゃいましたが、まさにそのことが起きるわけです。一定の住宅水準の賃貸住宅に家賃補助をしますので、下のほうが対象となりにくくなってしまう。しかしこれは今は許されていいのではないか。具体的に言うと、例えば都心の定住人口の確保をするために、高い所得階層の人が入居するような区民住宅がつくられるのも都市政策として許されるし、中間所得階層への家賃補助も許されるのではないかと考えています。
ただ、いまの特優賃で気になっているのは、毎年５％づつ家賃補助額が下がる、入居者の家賃の負担が上がることについては私はかなり心配をしております。当初はとりあえずこれで始めましたが、新規の賃貸住宅の家賃がこの一、二年で10％ぐらい下がっているような状況で、市場連動型の家賃負担になるように家賃補助をする政策を次の段階としては考えていく必要があると思っています。
特優賃の趣旨では何年かすると市場家賃にすり付けることが必要であり、これをしないと、財源負担も大変だし、入居者が固定化するなどの問題は出るのですが、私はこういった家賃補助、さらには福祉対策型の家賃補助を次の段階としては考えていく必要があるのではないかと考えています。その時に対象とする住宅の質も、賃貸住宅のストックの向上がいまは優先されているのですが、対象層を広げるために、住宅基準を下げていくようなかたちでの家賃補助が必要で、それはおそらく財源としては、もしかしたら1000億、2000億円では済まなくて3000億円ぐらいになるかもしれません。このための財源をどこかで生み出さないといけないという時に、今日の議論とつながってくるのです。
土地税制については、キャピタルゲイン課税、固定資産税共に福井さんのご意見に比較的賛成の部分が多い。福井さんと違うのは、私は 200平米程度の小規模の住宅の宅地についての固定資産税の軽減は維持したままで、それ以上の大きな土地所有者、それは人数としては東京都の場合には２、３割しかいませんが、その人たちは土地面積の７、８割を持っていますので、その実効税率を今の５倍ぐらいにまで次第に上げても良いのではないか、今は実効税率が 0.05％とか 0.1％ですが、それを0.5％ぐらいに上げても良いのではないかと考えています。その財源で住宅対策を行うこともあり得るのではないかと考えております。
先ほどの質問者の話に関連して、もう少し加えますと、いままでできなかった良質な民間賃貸住宅がどうしてできるのかという話の時に、私はやはり日本の継続賃料、入居者の既得権の問題が避けて通れないと考えています。この継続賃料の話は日本の特異現象で、イギリスやアメリカではかなり冷徹に新規賃料にほぼ近い家賃で供給されております。
福井さんが紹介されましたように、なかなか上げないでいると低い家賃が権利となって借家権価格が発生し、出て行ってもらう時には莫大な立退料を払わなければならない。そういうことで定住型の大型賃貸住宅が今まで作られていないと思うのですが、やはり既入居者の継続賃料を適正にある程度上げるかたちで供給する。そういう制度にするべきではないか。
賃貸型のコーポラティブ住宅を葛飾区柴又である人が計画したのですが、家主さんに対して消費者物価に連動して一定の家賃の上昇を初めから規定しています。こうして、むしろ持ち家より水準がいいと思われるような大規模の、かなり質のいい賃貸住宅ができてます。家賃値上げがきちんと担保されて、管理が適正にできるという見通しがあれば、大型の賃貸住宅のほうがワンルームマンションのように入れ替えが激しいものよりも適正に管理されますので、家主に好まれるはずです。日本の既得権、継続賃料の問題が整理されると賃貸住宅の規模の大きいものができるのではないかと考えています。
いまの話に関連して質問が提出されています。特優賃による住宅への家賃補助は、福祉的対策を必要としている階層には行き渡らない。そこを直接供給で補う必要が在るのか、それとも公営住宅からの予算を振り向けても、一般的な人への家賃補助（特優賃）をやっていくべきなのか。公団、公社階層と公営階層が違う。特優賃は公社、公団階層対策ではないか。それでは、公共の予算を振り向けるべきは公社、公団予算からであるべきではないか。今後、枠組みがどういうふうに変わっていくのか、そのあたりのご見解をお願いします。
海老塚さんは公営住宅から取るという論でしたが、単純な計算をしますと特優賃の階層はおよそ８％ぐらい公営階層とだぶっています。これは公営階層の約４分の１です。だから取るとしてもせいぜい４分の１ではないか。それより上はやはり公団と公庫とがたぶっています。そもそも、持ち家対策に傾斜した枠組み自体がおかしかったから、公営から取るべきではないと私は思います。百歩譲って従前の枠組みを認めるとしても、全部そこから取るのはやはりおかしくて、1000億円いるとしたらせいぜいそのうちの 250億円ぐらいです。
次に、公共賃貸住宅の供給主体の問題ですが、公営、公庫、公団はストックの中身を見ますと、居住者階層はもうごちゃまぜになっていて階層対応にはなっていない。そういう状況では、供給管理主体も変わるべきです。家賃対策を打ちだし、一本化していくという方向がある。公団、公社、公営が分かれている必然性はいまではあまりないのではないか。むしろ、問題としては地域政策をどうするかという点が大きい。一本化した後、それを地方自治体がどのように組み合わせるかという問題は残りますが、そこのところは別途の課題だと考え、一本化して自治体との関係を考えることのほうが重要ではないかと思います。
二つあると思います。特優賃ないし公団、公庫の位置付けの問題がありますが、これらはやはり中堅勤労者向け、普通の所得階層向けの施策だと思います。これともうひとつ、やはり対峙して認識しておかなければいけないグループが、公営住宅層、要するに福祉としての住宅政策、ないしはこれに代わる家賃補助の対象層。
前者のグループについて申し上げますと、一元化していくことが将来の方向だと思います。特優賃は、供給促進の意義は確かにありますが、家賃補助や建設費補助で財政発動により住宅供給していくというシステムは、税制や都市計画のシステムがきっちりと整備されるまでの暫定的なものと認識した方がいい。公庫も、持ち家中心に一般会計からも毎年かなりの利子補給をしています。効果としては、公庫の需要層への低利融資という形での補助を通じて、特に大都市部での土地需要を高めて地価の上昇を招き、以前から土地を持っていた地主のキャピタルゲインの獲得に結び付いている可能性が極めて強い。需要者を保護しているように見えて、実は地主への所得移転に転化しているのだというパラドックスが成立しています。すなわち、大都市中心部は土地供給の価格弾力性が極めて小さい。こういう状況の時に低利の持ち家融資をすると、需要を高め、その結果は、土地需給量はわずか増えるだけで価格が上がる。利得のかなりの部分は結局、価格の上昇を通じて地主の私的財産になります。供給促進ないしは土地利用転換の質量とスピードのアップという方向にいかざるを得ません。
土地税制、都市計画、借地借家法の自由化などは、お金をかけないでも供給関数を右にシフトさせるという効果があります。この場合、確実に価格が下がって量も増えるという市場の変化が起こります。全体的に価格レベルを下げ、それでも対応できない人には責任をもって国や自治体が手当する。こういうシステムにだんだん変えていくという大きな流れに位置付けると、特優賃や公庫の持ち家融資は緊急避難・暫定的な存在になるはずです。
また、公団が世界最大のデベロッパーとして中堅勤労者のために量的に頑張らざるを得ないような国は途上国です。本当に生活大国の先進国たらんとするならば、公団がリーディングカンパニーとして大規模なモデルプロジェクトなど周辺の地域開発の格をつくる、周辺へのインパクトに力点を置いた事業を行うことに特化する方がふさわしいと思います。
次に、公営住宅か家賃補助か。公営から家賃補助にシフトするという議論より、むしろ土地税制強化等の制度インフラにより、市場で救済される人々が増え、さらに財源も増えるので、住宅政策そのものはもっとスムーズにできることが理想ですが、すぐにはそうならない。そこで、公営や家賃補助で腕力をふるわざるをえない。これらのウェイトが高すぎるのは本来望ましくないという前提認識は重要です。ただ、公的直接供給主義は、戦後の絶対的住宅難を背景にした過渡的措置として位置付けざるを得ない。具体的には、借家法の自由化、都市計画・建築規制の厳密化、土地税制の強化などによって、結果として、良好な土地利用転換が増大し、民間の住宅が豊富に出てくるようになる。制度的なインフラをつくった上で、消費者の選択の自由を回復することが長い目で見れば重要です。選択の自由を確保したうえで、なお市場の水準に対応できない社会的弱者には、原則として家賃補助による選択の自由とセットの福祉的手当を講じることが望ましいと思います。
直接供給よりも家賃補助が望ましいという理由は、第一は公営住宅に低所得階層だけを集めるという集住形態が果たしてコミュニティーとして望ましいかどうかという点。第二は、自治体の住宅部局の優秀な職員が、建設や管理の世界に多く従事しているというのが人的資源の配分としてはたして適切かという点です。都市や住宅の政策は、知恵を使うべき部分に重きがあるはずですから、建設・管理よりも、制度や政策の枠組み整備に人力を投入する。そのほうが市民は税金の払いがいがあると思います。
確かに「ナショナル・ハウジング・オーソリティー」国家住宅公団があるのは開発途上国と中進国で、タイとインドネシアとフィリピン、シンガポール、韓国などです。しかし、日本はまだ残っている。やはり先進国の仲間入りするには基礎自治体が住宅政策をやっていく。ただそういう話は住宅研究者はたぶん昔から主張していると思うのですが、実際の自治体の住宅部局では実際には何もなされていない。そうは言いながらも、例えば東京都住宅局が住宅政策担当局にだんだんと変わっていますし、区の住宅施策担当の人たちの中にも人材が育っている。変わっていけば急激に変わるのかもしれない。一方、日本の公営、公団、公庫という枠組みが実質的には居住者階層が相互に入り交じっているのが現実で、おそらく整理しなければいけないと思います。
しかし、東京都が住宅白書で公共住宅の管理の一元化を挙げています。現実には東京都の住宅供給公社と住宅局とは同じ都の組織ですから一元化が進むかもしれませんが、公団と都営・公社はなかなか難しい。しかし、超長期的には一元化の話はあるのかもしれません。
民間ファミリー向け住宅が何で蓄積されないのか。やはり一番気になるのは借地借家法を改正するのが、本当にファミリー賃貸を供給することに結び付くかという点です。福井先生はそれが最大要因だとおっしゃったのですが、塩崎さんも海老塚さんもかなり違うご意見ではないかという気がします。
私の感じで申しますと、古い借家、木賃地帯とか、ああいうところを新たに再開発して新しいものを建てるという場合はかなり有効だと思います。いまの農地からファミリー向け賃貸住宅を供給させる場合に、借家法を改正することはそんな大きな影響力をもつものかちょっと疑問です。きちんとした分析をしたわけではないのですが、例えば不動産業者にいろいろ話を聞いてみても、いま建てようとするファミリー向けの賃貸住宅はやはり居住者に長く住んでくれたほうがいい。２年とか３年よりは10年くらいまで住んでくれたほうがいいというのはどこの不動産業者も言います。現在の状況ではなくて、２年前で東京での借家市場が一番きつかった時期にそういう言い方をします。ある程度、長く住んでくれたほうがいいのではないかと。やはり問題になるのはむしろすぐ出てしまってまた次に入るとあの制度は全くメリットがなくなってしまう。東京あたりでは特優賃で供給されるような家賃でも、持ち家に移行できるような家賃なわけです。それでローンを組めば一戸建て、持ち家を取得できるとなると、むしろ長く住んでくれたほうがいい。１回、出られてしまったらそれで空いてしまう。市場の中でメリットを失ってしまう。
継続賃料の話もかなり古いのは継続賃料と市場家賃が格差が出てくると思います。最近のものはファミリー向けだったら必ず３％か５％は２年ごとに更新しています。その中で、市場家賃はいろいろで、新しいものは高い。古いものは総じて安い。これはあまりデータがないので試みにやってみたのですが、例えばある地区で３ＬＤＫの物件だけを集めて単価がどれぐらい落ちるかということです。仮に古くなっていくと安くなるのなら（実態の３％ぐらいずつ家賃は契約更新時に値上げされているわけですが）、むしろ下げてくれないとおかしいという話が出てくると思います。
住宅予算のことですが、公営住宅の予算という場合に現在フローとして出てくるのは公営の建て替えの場合が多いわけです。そうなるとそういうストックの改善という面で民間住宅の場合、予算的な措置がどういうふうになるのか、そういう公営住宅のストック改善の中でどういうふうな対応が必要なのかという点でお伺いしたい。家賃補助というよりフローとして公営住宅が何戸建設されて、予算がどうだったという場合に、現実には公営住宅の建て替えというかたちで出てきているわけです。それでは一般市街地におけるそういう住環境整備ということと関連するわけですが、やはり民間住宅の老朽化ということが大きな課題でありますし、そういう中で民間住宅の建て替えという中での住宅予算ですが、それはどういうふうに考えられるか。
質問がいくつか出てきました。福井さんにコメントしていただきたいと思います。
まず、借家に関して、ファミリー向けでむしろ長く住んでほしいということですが、これは相続税の影響を考えないとわからないのです。入居者の確保が困難なところ、特に市街化区域農地などではたぶんワンルームの成立可能性がほとんどない。するとむしろ節税対策でとにかく建ててしまって借家経営を維持すること、それ自体が節税的に意味があるという行動様式になってきます。このようなバイアスを考え合わせれば、そういった地域の問題と都心周辺の問題とを分けて考える必要があると思います。
特優賃でも似たような問題があるという指摘ですが、私が主として議論するのは大都市中心部です。地方の住宅問題はかなり様相が違いますので、先ほどからの議論は基本的にはやはり大都市中心部及び周辺部までの議論だとご理解いただきたいと思います。
継続時に３％というお話がありますが、住宅公庫が行った網羅的な調査で、ワンルームだと１ＤＫで３％、３ＤＫとか３ＬＤＫで 2.7％、４ＤＫと４ＬＤＫで 2.5％だという年平均の家賃上昇率です。やはり小さいものほど家賃上昇率が高い。これは小規模なものほど回転率が高く、実質的に正常賃料の水準に合致させやすいという以外の理由では説明できないはずです。
また、価格水準で見ましても、建設省の貸家供給実態調査では、首都圏の単位面積当たりの家賃が３ＤＫとワンルームで約２倍の開きがある。これを立地の差だけでうまく説明ができるのかという問題があります。
重要なことは、借家の問題を考える時に、自分が貸手の立場に立ったらどう行動するだろうかというシミュレーションが絶対必要だということです。判例の傾向をきちんと分析した上で、自分が地主だったら貸したいと思うかどうか、検討してみていただきたい。
保有税アップで土地利用転換が促進されるのかという点ですが、いま現に目に見える特定の地域で、転換されるかどうかを見ても仕方がないのです。やはり他の条件を一定にした時に保有税をアップしたら転換が増えるかどうかという思考をしないといけません。これについては、岩田・小林・福井(1992)や、岩田他(1993)を参照して下さい。大数観察の世界で見ないといけないわけで、隣の土地は、保有税がアップしたけれどなかなか建たないといった問題ではないということを申し添えたいと思います。
ニーズがあるかどうかという指摘もありました。これは市場が判断することであり、ビルトアップした時に外部不経済がない、すなわち、環境が悪くない、インフラがちゃんと整備されているというのは計画の役割ですが、そこで許された土地利用計画の範囲で何ができるかは、まさに市場が判断することであり、パターナリズムは無用です。
ちなみに、節税対策ということを考えた時に、借家の採算性が高いか安いかという議論もありますが、これも高いか安いかという絶対水準は私の議論からするとあまり興味がないのです。もし制度に何らかのバイアスがかかっているとすれば、それを取り除き、個々人の合理的な行動が社会公共的にも合理的な結果になるように社会システムや法システムを設計しておいた世界で均衡する世界がベストの状態である、このような規範を前提にしていますので、基本的には借家法を自由化すれば家賃も下がることは下がるのですが、それが絶対水準として高いか低いかということにはそれほど重きを置かなくてもいいということになります。
ただ私たちも、試算をしており、継続賃料についての正常賃料主義をとって、確定期限における借家権消滅を保障する立法がなされれば、家賃が 8.7％低下、持ち家価格も4.3％低下するとの結果が出ています。市場の著しい縮小により、いままで無理をして持ち家に向かっていた層に対して賃貸という選択肢を増やすことになり、持ち家のほうの市場も需給が緩和するのです。少なくとも大数観察の世界では、市場の構造をよく理解することにより、目に見える実感信仰の世界とは違ったことが起きうるということを強調しておきたいと思います。
参考文献本稿は(社)日本住宅協会発行「住宅」1994年11,12月号に掲載された原稿です。＊当日の模様を録音テープを基に、松本の責任において再現しました。
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最終更新： 2000.07.25 |
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