第23回情報交流シンポジウム
「大学キャンパス移転と都市戦略」
少子化の進展を背景として、近年、都心部へのキャンパス移転や統合により質の高い学生の確保獲得の動きが活発化している。
2019年9月2日、金沢・ITビジネスプラザ武蔵において、キャンパスの計画・設計に参画する設計者、研究者らによって交わされた議論を報告する。
主旨説明:小篠隆生(小委員会主査・北海道大学)
キャンパスデザインと都市デザインは親和性・関連性が高い理論である。そのために、地域社会との関係を背景に、キャンパスを都市のモデル、実験場として捉えることができる。
今回は、近年日本各地で都心部へのキャンパス移転の中で、大学の所属する建築家や研究者により実践する動きを捉え、「都市と大学との戦略的関係」を紐解いていきたい。
シンポジウムの様子
講演1「「学都金沢」から「学都石川」へ~内発的な学都形成」
水野一郎(金沢工業大学)
外力導入型の都市改造により成長戦略を図る地域(富山県など)と異なり、金沢は自らの力で時間をかけて都市を形成してきた、つまり内発的に「学都金沢」が形成され、戦後、「学都石川」へ移行していった。
その間、旧市街地にあったキャンパスが都市の発展を阻害せぬよう、昭和50年代に郊外に移転・拡充され、他都市とは異なる空洞的な都心が生まれ、それが今の金沢の財産となり、文化ゾーン構想につながった。
一方で、都心に学生を呼び戻し、学生と市民、街との関わりを深めるため「学生のまち推進条例」が制定され、まちなかの町屋を金沢市が取得し、
学生が「学生のまち市民交流館」を運営し、「金沢まちづくり学生会議」や「歴史的空間再編コンペティション」が開催されている。
学生数約3万4千人、教員数約3200人、事務職員数約2900人、年間予算1353億円などの数値から、地域に大学が立地する利点が言える。学生獲得の激化に向けて、地域として学生を支えるため「学都金沢構想」「学都石川構想」が必要である。
講演2「まちのように育まれる水平につながっていくキャンパス
~大学と地域、芸術と社会の新しい関係性を生み出すフレーム」
藤原徹平(横浜国立大学)
京都の駅前、崇仁地区の3ブロックに渡ってつくられる「京都市立芸術大学および京都市立銅駝工芸高校 移転プロジェクト」を事例として、5社による設計体制において、構造設計者の佐々木睦朗氏のもと、
強い構造としてのマトリックスフロアと弱い構造としてのフレキシブルストラクチャーという骨格が計画の中心に据えらえた。
同時に、リサーチから京都の都市構造を読み込み、トップダウン型の制度に対して、住民が自らつくってきた路地から成るヒエラルキーを、設計者がつくる制度と学生がつくりだす文化に読み替え、
キャンパスの中に誰もが通れる通り、学生だけの静かな奥庭が計画された。街角に大学の機能が散りばめられるような再配置である。
行政、大学、高校といった施主、利用者が多数ゆえの困難ななか、切妻屋根に替えて、折れ・反れ・起(むく)りが融合した屋根として設計が進んでいる。
講演3「キャンパス計画における都市デザイン的視点
~まちのようにキャンパスをつくり、キャンパスのようにまちをつかう」
倉田直道(工学院大学名誉教授・アーバン・ハウス都市建築研究所)
1970年代、カリフォルニア大学でキャンパス計画に参画するなかで「キャンパスデザインとは都市デザインである」「キャンパスとはリビングラボラトリである」という言葉と出会った。
当時、都市に対して審美的な秩序を与えるという都市デザインの役割が、今日、都市機能の回復、都市環境の保全、都市空間の再生に変化してきた。教育の大衆化による急激な学生数の増加、
それによるキャンパスの空地への建物建設を前に求められたのが空間的な秩序の回復だ。将来像を提示するマスタープランの役割が、変化に応じた誘導にシフトして、静的なプランニングから動的なプランニングへ変化してきている。
参画した長野県立大学のキャンパス計画では、機能が定まった教室の他は、まちの公共空間と同じように扱い、活動が展開される場所を提供した。
講演4「大学移転が都市にもたらす意義~その功と罪」
斉尾直子(東京工業大学)
かつて暮らしたベルギーの大学町ルーヴァン=ラ=ヌーヴにおける店舗、レストラン、研究室、学生寮など、都市とキャンパスが混ざり合う状況を基準として、他事例を見ている。
学生数は例えば、東工大1万人、金沢工大7500人、横浜国大1万人、工学院大7000人等、キャンパスの拡大・縮小、新設・撤退が、都市に対して数千~数万人規模のインパクトを与え、まちなみの連続性に影響を与える。
調査から、全国約1,700の市町村のうち、学生のいるキャンパスが立地しているのは約400の自治体。2002年の工場等制限法の廃止後、都心回帰が加速していることが確認できる。
キャンパス立地自治体にその存在意義を調査すると、81キャンパスの撤退事例から、事前協議が不十分な事や、跡地活用については未利用な事例が多いことがわかった。
縮小・撤退の際は、自治体と大学の密な連携が大事で、まちが成熟していくなかで、学生や地域住民が相互に空間を共有し、共同していく仕組みが必要と考える。
討論:コーディネータ 安森亮雄(宇都宮大学)
安森氏から空間とメンバーシップの関わりについて問いがあり、水野氏からは50年かけて地域との関係を深めてきたこと、そこには経営サイドの地元への配慮があったこと、
藤原氏からは大学における内的な空間性、皆の意見を聞くレベル、通路率の高さと滞留空間、骨格と秩序とロジックなどデザインの方法論、について述べられた。
さらに、地域とのシェアの仕組みや大学とまちづくりガイドラインを設けるといった提案がなされ、議論が掘り下げられた。
シンポジウムの様子
まとめ:太幡英亮(名古屋大学)
キャンパスの立地が都市の治療薬となるとしてキャンパスの利点が比喩的に表され、最後に、発刊予定の『まちのようにキャンパスをつくり、キャンパスのようにまちを使う』が紹介された。
記録・文責 脇坂圭一(静岡理工科大学)