インタビュー(様々な活動している方をご紹介していきます)
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稲葉 武司さん |
稲葉さんは、アメリカで開発された「建築と子供たち」プログラムを日本に紹介された方です。現在は共立女子大学で住居学や建築設計の教鞭を執る傍ら、子どもも大人も一緒になって「空間体験」できるワークショップなどもたくさん開いています。
「建築と子供たち」を学校教育の中に広めていこうというNPO活動「建築と子供たちネットワーク」の日本代表をなさっているほか、アメリカのArchitecture
& Children Instituteの理事を務められたこともあり、アメリカとの研究交流も活発に行っています。
今回は「建築と子供たち」についていろいろとお話をお伺いしました。 |
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稲葉 武司
(いなば たけし)
1938年 中国生まれ/東京芸術大学卒業・ワシントン州立大学(アメリカ)卒業/東京芸術大学講師、共立女子大学助教授などを経て1994年より共立女子大学教授/1991年より
建築と子供たちネットワークジャパン代表幹事/著書に「外国の中の日本人」「建築と子供たち(翻訳)」ほか多数/日本建築学会建築教育委員会生涯教育小委員会主査、日本建築学会「子どもと高齢者に向けた学会行動計画推進特別委員会」委員
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−稲葉さんが初めにこの「建築と子供たち」に出会われたきっかけは何ですか? |
・1980年代中頃のことですが、私が卒業したアメリカの大学から届いたニュースレターの中に、今度シアトルに「建築と子供たち(原題:Architecture
& Children)」の準備会が発足した、ということが載っていたのです。
もともと「設計能力の発達」をテーマに研究していて、大学で建築設計の指導をしていると「学生の子どもの頃の空間体験と、その人の設計能力に因果関係がありそうだ」ということを感じていましたので、早速シアトルに連絡を取りました。
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−それを日本に紹介されたのは・・・? |
・私は日本建築学会建築教育委員会の委員をしていますが、1990年度の学会の活動テーマが「建築からの一般教育への寄与」でしたので、それなら何かできそうだと思って「建築と子供たち」のプログラムと開発者であるアン・テーラー先生をご紹介しました。そして学会の協力でテーラー先生を日本へお呼びして、講演とワークショップを実際にやっていただいたのです。
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−それが現在のように全国的に広がっていったのはどうしてですか? |
・90年の活動の様子を翌年の建築学会大会(仙台)で発表したのですが、それが地元の新聞に大きく取り上げられました。その記事を読んだという仙台市役所の
細田さんから自分たちもこういうことをやってみたいという手紙が来て、活動をお手伝いすることになりました。
また同じ記事を読んだ新潟の方々からも連絡が来て、その次の年の大会開催地が新潟なので新潟でもやりたい、というお話を受けました。
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−それで仙台と新潟はそれぞれ地元で「建築と子供たちネットワーク」を組織して活発に活動しているのですね。
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・はい。テーラー先生は建築学会のほかにも国際交流基金のサポートを受けて何度か来日していますが、それ以来、東京−仙台−新潟は必ず訪れて講演やワークショップを開いているようです。
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−では「建築と子供たち」プログラムのあらましを教えてください。 |
・名前に「建築」と付いていますが、これは決して建築の早期教育ではなく、建築という素材を利用したクロスカリキュラム=総合学習なんです。自分たちの身の回りの環境から学び、そこから得た知識から物事を創造的に理解したり、創造的にものを作り出していくという、創造力を養うもので、現在の日本の学校教育に一番欠けているところではないかと思います。
しかし、学習内容によってはこのプログラムを使うことが大変有効なものと、それほどでもないものがありますので、今の学校のカリキュラムの代わりということではなくて、その中の一部として行われるか、または同時に並行して行われる、現在のカリキュラムを補完するものとして捉えるのが一番有効に活用できるのではないかと思います。
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−建築の学習ではないのですか? |
・子どもの学習においては、直接論理的思考をするのは難しいので、まずは具体的な形を示すことが大切です。
建築には生活と密着した具体性があり、理科や算数の原理の応用がたくさん使われていますので、教材としてとても手ごろなのです。総合的な問題発見・解決の力を身に付けさせるための学習なので、建築の勉強をする訳ではありません。
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−日本とアメリカの「建築と子供たち」で何か違うところはありますか? |
・文化や教育制度が違うので、違いはいろいろありますが、一番大きな違いはアメリカではこのカリキュラムを指導する先生用のプログラムが整っていることです。主な大学に学校の先生方が学べるような夏休みの集中講座が用意されていて、誰でもが学ぶことができます。
・また教室で活用する時に必要な資料の整備、先生をアシストする建築専門家の組織作りなど、アメリカ建築学会の各支部を中心に、もう20年も前からしっかりしたサポート体制が敷かれています。この点に関しては日本はまだこれからですね。
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−では「建築と子供たち」に対する今後の展望をお聞かせください。 |
・まず、やはり日本でも指導者用のプログラムが整えられる必要があると思います。「建築と子供たち」プログラムはもうある程度完成されたものですが、それを指導できる人、特に学校の先生が絶対的に足りません。指導者用のプログラムは現在稲葉ゼミでも開発中です。
それから、今後は定年後の人ばかりではなく、現役の社会人が自分の専門的能力を職業以外にも活かして社会貢献できるような市民参加型の社会を皆で作っていく必要もあると思います。
また私自身の研究とも合わせて、このプログラムのどういう所が子どもの能力の発達と結びつくのか、理論的裏付けを研究していきたいと思っています。
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−最後にこのホームページを見ている方にメッセージをお願いします。 |
・「知のスキル」は講義や試験で身につくものではありません。しかも基礎的なスキルほど大人になってからの習得が難しくなります。今、本来は子どもたちにものの見方・考え方・感じ方を身に付けさせるために組み立てられているはずの学校教育が、正確な答えを先に覚えることを強要するしくみになっています。「建築と子供たち」は、いわゆる基礎学力よりももっと普遍的な「知の基礎力」を身に付けることに重点を置いています。そのため建築、特に設計という創造的なプロセスをモデルにして組み立てられた大変有効な総合学習のプログラムです。
日本でも建築学会を中心にやっと活動の全国的なネットワーク化が始まったので少しほっとしています。これからこの「建築と子供たち」を総合的な学習の時間に取り入れてみようと考えている学校の先生方には、このホームページにある実践例がいろいろとお役に立つと思います。また今後は活発な情報交換もできるといいですね。
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−ありがとうございました。 |
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インタビュアーより
「建築と子供たち」のことを話される稲葉さんはとても楽しそうで、次から次へといろいろなお話が出てきました。ご自身でも子どもや大学生を対象としたたくさんのワークショップを開かれていて、実際の苦労などについてもとてもよくご存知でした。2001年春には、アメリカのワシントンD.C.にある建築博物館で「建築と子供たちネットワーク」によるアメリカの先生方を対象にした折り紙建築とダンボールで作るパオのワークショップが予定されているそうで、今からその内容がとても楽しみです。機会のある方は春休みに是非見に行かれることをお勧めします。稲葉さん、D.C.での活動の様子など、またこのホームページでご報告ください。
(インタビュアー:田代久美 2000年7月15日、共立女子大学 稲葉研究室にて) |
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