book書籍「マンションの選び方、育て方」 長く暮らすためのマンションの選び方・育て方
日本建築学会 編
彰国社 刊
2008年8月 出版
四六・192頁・定価1,890円(本体1,800円)
ISBN 978-4-395-01210-7 C3052
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情報事業部会では、8月に刊行した「長く暮らすためのマンションの選び方・育て方」をテーマに、市民向けセミナーを行っています。第2回セミナーは詳細が決まり次第、追ってご案内申し上げます。

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東京都港区芝5-26-20
(社)日本建築学会事務局 
セミナー係 川田昭朗

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新築マンションを選ぶときには > III.長く住むために > 2.高齢者や障害者等の住宅で気をつけたいこと

新築マンションを選ぶときには

2.高齢者や障害者等の住宅で気をつけたいこと

1)高齢者や障害者等が安全で安心して住める住宅とは

a)それは特別なことではなく、誰にでも関係すること 

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 高齢者や障害者等が安心して住めるというと、特別な話であると思われるかもしれません。しかし、若くて健康なときに住みやすいのが良い設計とは限りません。自分や家族が加齢により身体機能が低下したり障害をおったりしても、安心して住み続けることができ自立した生活が出来るかどうかはとても大切なことです。この高齢者や障害者等の等という言葉が示すものは、事故や病気により、車いすや杖が一時的に必要になる状態、妊婦や乳幼児を含めて、誰でも安全で安心して住める住宅ということです。

 

 

 

b)長く快適な住まい 

 長い期間、快適に住宅を使用するためには、身体機能の変化や、親との同居などの家族の構成の変化を考慮した住宅である必要があります。そのことによって、いざというときに、間取りの変更などの改修の費用が少なく済み、また介護の費用や肉体的負担を低減します。まず、マンション全体が、基本的なバリアフリーを考慮した計画(床に段差がないこと・出入口幅や廊下幅の充分な確保など)になっているでしょうか。住戸内の部屋の間取りの変更・浴室やトイレの改修・建具等の変更・手すりの取り付けが必要になったとき、比較的簡単にできるかどうか、どの程度融通が利く計画になっているのかも確認してください。特にトイレや浴室が改修できるかどうかは、大事なポイントになります。トイレと浴室の拡幅や位置の変更はさまざまな制約があります。近頃は改修しやすいスケルトン・インフィルなどの可変型住戸もあり、変更や改修できる内容を確認してください。

*梁、柱、壁、床などの構造(スケルトン)と、設備、建具、収納など内装(インフィル)を分けた工法

c)安全で快適に暮らせる住環境 

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周囲を感じ、見守りのある環境

・住戸の計画

 住戸の計画は、くつをぬぐことや入浴スタイルなど日本の住慣習や伝統も考慮した上で、安全で、かつ、大きな労力を用いなくても利用できること、また、空間的にも連続して使用でき、時間的推移にも対応できることが必要です。その上で、大切なことは、家族や近隣と交流しやすく見守られやすい計画であり、家族の様子や周囲を感じられる工夫があることです。

・アクセス(移動の容易さ)

 道路からマンションの玄関、マンションの玄関から住戸、マンション敷地内の駐車場やごみ収集場所などへの通行に支障がないかを確認しましょう。マンションから一歩外へ出た周辺環境など、広範囲の状況も重要です。

・自然を生かした室内環境

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 高齢者や障害者等は、一般的に暑さ寒さに敏感で影響を受けやすいため、充分な採光や通風、快適な室温などを確保できる住環境は、病気の予防にも効果があります。開閉しやすい窓か、採光や通風に充分な窓の大きさや配置かどうか、主な部屋の方位をチェックしましょう。

 

 

 

・浴室の事故は数多くおきています

 冬の浴室での急激な温度変化による事故を防ぐため、浴室や脱衣所に床暖房や暖房機器があることは有効なことです。浴槽は、またぎやすい高さで、腰を掛けるスペースがあると便利です。洋式の浴槽など、重心が不安定で滑り込みやすい浴槽、特に足をのばしたとき足の先が浴槽の壁につかない浴槽は、体を保持できないので注意が必要です。浴室や脱衣所に充分なスペースがあるか、床に段差がなく滑りにくいか、手すりの有無などをチェックしてください。浴室の開き戸は、一般的に浴室側に開きますが、浴室内で倒れた場合には戸が邪魔となって救助しにくく、また洗い場スペースの有効利用のためにも、なるべく引き戸か折り戸で、外からも開錠できるものが良いでしょう。

安全な浴室

・安全で快適なトイレ

 トイレは、余裕をもった広さであること、安全で使いやすい場所にあること、もしくは身体機能が低下したとき改修できることが必要です。高齢者等はトイレに座ったときに身体の前側にスペースが充分ないと立ち上がりが大変になります。ここでも暖房があり、外から開錠できる引き戸(開き戸の場合は外開き)が安心です。各部屋からの移動が少ない場所、特に高齢者や障害者等の寝室にしようとする部屋に近いところにトイレがあるとよいでしょう。トイレットペーパーは結構すぐになくなりますから、そばに収納場所があるか、もしくは2個入る紙巻器も便利です。

・玄関 

 玄関の扉は、火災の拡大を防止する目的から重いことが多いので、自力で開閉が可能な扉かどうかを確認してください。玄関は、扉の構造や靴を脱ぐ習慣のため、完全に段差をなくしにくい場所です。車いすを利用して乗り越えられる段差でしょうか。人によっては座るためのベンチの設置や手すりが必要になるかもしれません。車いすは、室内用と外出用を分けて使用することが多いので、できれば、玄関に車いすを置けるスペースがあると便利です。

・戸の把手 水栓金具 サッシの金具 スイッチ

 形状や位置は使いやすいかどうかを確認しましょう。例えば、把手や水栓金具は、指がかかりやすく、力を要せずに無理なく使えるでしょうか。

・手すり

 手すりを新たに取付けるためには、壁の下地の確認が必要です。取付け可能な範囲や床からの高さを確認しましょう。

・台所 洗面台

 台の下にスペースがあると、そこに足を入れることができるので、いすに座って作業ができ、車いす使用者も作業できます。その際には、膝やつま先が配管に当たらないこと、水栓レバーも使いやすいこと、台の高さのチェックも必要です。

・寝室

 照明のスイッチは出入口とベッドのそばにあると便利です。他の居室や外部からの音により睡眠が妨げられないように遮音性能が高いことが必要です。

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・居間 食事室

 特に、居間・食事室は、家の中心として開放性のある計画が望まれます。

・駐車場

 屋根のある駐車場は便利です。車いす使用者用の駐車スペースがあればより安心です。

・防犯とコミュニティ

 防犯は、不審者の侵入を阻止するため、性能の高い錠前・打ち破りにくいガラス窓・セキュリティシステムなど、住まいの守りを固めることが必要になります。しかし、その他にもマンション全体のコミュニティがしっかりしていることも強い防犯性能となります。マンションではコミュニティが形成されにくいという意見もありますが、後に述べる非常時の安全や被災後の生活にも大きな味方となります。近隣との親しい関係を築けるような建築的な工夫、例えば、開放的なプランで外部環境とのつながりを積極的に取り入れること、周囲を眺め見守り見守られることができることは有効なことです。

d)非常時の安全と被災後の生活 

 火事や地震などの非常時や被災後の生活のことも重要な要素です。エレベーターは便利な設備で、眺めの良い高層階にも住むことができるようになりました。しかし、エレベーターは非常時の避難に一般的に使わないものとされ、その後の被災後の生活にも使用できないことが多いのです。エレベーターが止まると、特に高齢者や障害者にとっては、大変過酷な状況となります。阪神・淡路大震災では高層マンションで水汲みのため階段で昇り降りして住民が大変苦労しました。また、元気な人でも一時的な怪我などで階段の昇り降りが困難になるかもしれません。

 非常時にバルコニーなどに逃げられることは避難の上で有効です。サッシや扉の形状や重さが開閉に支障がないでしょうか。室内の床とバルコニーとの間に段差がないとより安全です。身体的な状況や、杖や車いす等の福祉用具も考えて、なるべく安全な住まいを選択してください。また、非常時の安全と被災後の生活は、マンションだけの問題ではありません。周囲の良好なコミュニティが大きな力になります。非常時に近隣の協力を得られるかどうかは重要なことです。

 *室内床とバルコニーとの間の段差をなくすためには、特殊なサッシや工夫が必要です。

e)社会全体の財産 

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オランダの新築マンションの広告
(不動産会社のウィンドーに掲げられたイメージパースを撮影)
外部が見え明るく充分に広い廊下を、高齢者が
歩行器を使用し通行している。高齢者や障害
者等が快適に生活できる住まいであることは、
販売促進の要素となっている。

 社会の高齢化、それに伴う障害者の増加を踏まえ、安全で快適に住める環境をつくることは、今後、ますます重要な課題となるでしょう。そのため、個人の住まいであっても家族や地域社会の負担(金銭的、肉体的、精神的)を考慮すると社会全体の財産という考え方が必要です。高齢者や障害者等が生き生きと暮らせる環境が、全ての人にとって快適な住まいといえるのではないでしょうか。

 高齢者や障害者等が新築マンションを選ぶにあたって気をつけたいことというテーマに良くあったものは、あまり見あたりません。特に、障害は多様ということもあり、障害者を対象とした新築マンションの情報は、皆無に近い状態です。そのため、共通点となるチェックポイントを、簡潔に書きました。実際の住まいを選ぶにあたっては、さらに、個々の嗜好、身体的な特徴、福祉用具を考慮に入れて、よりきめ細かい検討を行って下さい。

 

 

 

 

 
住まいの情報発信局[高齢者の住宅]
http://www.sumai-info.jp/elder/index.html
住宅・すまいWeb[高齢社会と住まい]
http://sumai.judanren.or.jp/p012.html
国土交通省:高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー新法)
http://www.mlit.go.jp/barrierfree/transport-bf/explanation/explanation.html
国土交通省:高齢者が居住する住宅の設計に係る指針
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/koureishahou-kokuji1301.htm